朝日新聞の「記者の反乱」

池田 信夫

日本はあと20年は変わらないと思っていたが、意外な「ブラックスワン」が現れた。Togetterにまとめられているように、池上彰氏の原稿を朝日新聞が掲載拒否した件で、朝日新聞の記者が公然と「反乱」を起こしているのだ。口火を切ったのは、テヘラン支局長だった。


これは同感だ。マスコミの仕事は、一種の暴力である。朝日新聞もNHKも、取材対象の人生を破滅させる力がある(NHKが誤報でつぶした会社もある)。それをあえてやるとき、支えになるのは「これが社会のためになる」という一点だ。それがなくなったら、ジャーナリストなんて何の価値もない。とても正直だったのがこれだ。

逆にいうと、サラリーマンがこういう反乱を起こすのは、自分の長期的な利益を守る上でも、会社に変わってもらわないと困るということだろう。今のままでは、朝日新聞は団塊老人メディアとして先細りだ。

あまり知らない人が多いと思うが、朝日新聞は業界では珍しい民主集中制である。たとえば慰安婦問題で「強制性を糾弾する」という方針を社として決めると、それに反する記事は許さない。マニュアルをつくって研修をやり、それ以外の立場で原稿を書かないように教育する。

これはいい面もある。多様な言論がある中では、朝日が反政府の方針を鮮明に出し、その方針がいやな記者はやめればいい。しかし現実には、日本の労働市場にはそういう流動性はないので、社の方針についていけない記者は面従腹背の左翼になる。「非武装中立」の論陣を張った阪中友久編集委員は、毎日、皇居に遙拝していた。

読売は渡辺恒雄主筆の独裁体制だが、あれほどわかりやすいと記者も対応しやすいし、彼の意見は(政局以外は)常識的だから、現場の評判は悪くない。クレームをつけられたら、すべて「ナベツネのせい」といえばいいからだ。NHKは、よくも悪くも大勢に従う以外の社論はない。だから逆に、最大公約数を代表する池上氏の行動が大きなインパクトをもつのだ。

はっきりいって、業界では朝日だけが狂っている。それも特定の独裁者ではなく、社内の左翼的な「空気」が暴走している(地方紙はそれをまねている)。これに歯止めをかけるのは、現場の「下克上」しかない。今回の記者の反乱が天安門事件になるか、ジャスミン革命になるかはまだわからないが、そのゆくえは内閣改造よりはるかに大きな影響を日本社会に及ぼすだろう。