小学校の同級生が胃ガンで死んだ。
2ヶ月前に一緒に飲む約束していたのでけれど「胃に水がたまって入院して来れない」と聞いて「残念だな~、また治ったら飲もう」などと言っていたのだけれど、死んでしまった。発見が遅くて手遅れだった。死んでしまったら一緒に酒も飲めない。ふざけんな。
私の小学校は同級生が90人くらいだったのだけれど、これで亡くなったのは2人目だ。美人薄命を絵に描いたような女の子で、人生迷路に入って命を削って生きているな~と思っていたら、本当に死んでしまった。悲しい。寂しい。死ぬ前に話したかった。もう一人は最近先天性の病気でなくなった。神様は不公平だ。
もちろん「自分もいつか死ぬ」ということは理解しているけれど、なんだかんだ「死ぬ」というのは他人ごとと思っていた。それが同級生が続けて亡くなると「オレもいつ死ぬか分からないのだな」と痛感させられる。
同時に生き残った自分は何をすべきか、ということを考えさせられるわけだけれど、生きている時間を大事にするしかないと思うに至る。オレもいつガンになって入院して死ぬか分からないのだから悔いを残して死ぬ分けにはいかない。だから「やりたいことをやる」とか「やりたくないことはやらない」とか言った当たり前のことは、本当に大切なことだと改めて思う。
小さな頃から「国を形作る」ということに興味を引かれて、劉備とか孔明とか井伊直弼とか坂本龍馬とか孫文とか伊藤博文とか吉田茂とか石原莞爾とかいった人達にやたら興味を奪われていたのだけれど、なんだかんだ官僚になって脱藩浪人状態になって、それでも何とか自由に自分なりに足掻いて色々経験して、その願望に従って人生を送れていることは結構幸せなことだと思う。「やりたいことをやる 」という人生は明らかに自分勝手な人生なので、必然的に誰も自分のことを守ってくれないしんどい人生を送ることになるのだけれど、それでも人の死を前にすると「やっぱし人生は『やりたいことやんないとな』」と確信する。
「家族が~」とか「まわりのみんなが~」とか「お金が~」とか人のせいにして諦めたり先送りしたりするのは簡単だけれど、結局自分の人生に最後まで付き合ってくれるのは自分しかいない。何となく劉備の人生を見ながらそんなことを思うに至る。ちなみに劉備の人生はこんな感じ。
161年:生誕
175年:盧植の塾に通い始め公孫賛と出会う(14歳)
??年:飲んだくれていたら豪商に「ただ者ではない」と見込まれ大金を与えられ、徒党を組むようになる(二十歳頃)
189年:黄巾賊の討伐のために関羽・張飛と挙兵(28歳)
190年:手柄を立てて下級役人に登用されるが、上司が気に入らず鞭で叩いて官職を捨てて逃亡する。しかし再び戦で手柄を立て、下邳で登用され県令にまで出世する(29歳)
191年:戦に敗れて流浪の身となり公孫賛に身を寄せる。袁紹との戦で手柄を上げて田階の下で平原の領地を与えられる。(30歳)
193年:曹操に攻められた徐州の陶謙の下に向かうと、人物を見込まれそのまま徐州に残ることにする(32歳)
194年:陶謙が死ぬと後を継いで徐州の主となる。しかし陣中に迎えた呂布に裏切られて主の座を奪われ小沛に移る(33歳)
198年:曹操と組んで呂布を討ち取る。そのまま曹操の下に身を寄せる(37歳)
199年;曹操を造反して徐州を奪い返す(38歳)
200年:曹操、徐州を攻める。劉備は敗走し、関羽は曹操の下に行く。(39歳)
201年:劉備、荊州へ向かい劉表の下に身を寄せる(40歳)
206年:三顧の礼。ついに孔明と出会う(45歳)
208年:劉表病死。跡継ぎ争いに曹操が介入し混乱。長板の戦いで死にかけて家族すら捨てて潰走。そのまま孫権陣営に駆け込み同盟を説得。赤壁の戦いで曹操を破る(47歳)
209年:荊州を占領。そのまま荊州牧となる。(48歳)
211年:劉章に呼ばれて益州に入る(50歳)
214年:益州を占領(53歳)
219年:漢中王を称す。一方孫権が魏と同盟を結び荊州を取り戻しにかかり関羽死亡(58歳)
221年:蜀の皇帝を称す。張飛が暗殺される(60歳)
222年:夷陵の戦いで呉と戦争。完敗する。以後、呉との友好関係を取り戻す(61歳)
223年:死亡(62歳)
野望のために周りの人の人生を引っ掻き回して、自分勝手に近づいたり裏切ったり裏切られたりを続け、度々挑戦しては失敗して、人のお世話になって、ようやく孔明と出会ったのが45歳、人生が上向き始めたのが赤壁の戦いに勝った47歳と遅咲きにもほどがある。それでもやりたいようにやって、諦めなかった彼の人生は大したものだと思う。
自分がこんなに大きな人間だとは到底思わないけれど、死んだ人の分まで好き勝手に生きてやろうと思う。「やりたいことをやる」は絶対正義だ。故人の冥福を祈る。
「お前の分まで好き勝手に生きてやる」
ではでは今回はこの辺で。
編集部より:このブログは「宇佐美典也のブログ」2014年9月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は宇佐美典也のブログをご覧ください。