半導体よりもコンテンツ、エネルギーよりも省エネルギー

森本 紀行

半導体の進化が、どれほど、我々の生活に資しているかは、いうまでもない。ところが、事業として考えると、半導体産業というのは、なかなか難しいものである。資本過剰による投資過剰が、技術進化を加速させると同時に、量産化による価格下落を速くしすぎてしまうからである。投資資本の回収すら危ぶまれる。


我々の生活には、とても良いことが、資本の論理としては、悩ましいわけである。ここに、資本主義の構造問題があるわけだ。資本利潤率の低下、これは、資本過剰からくる当然の帰結であり、まさに、マルクス的問題である。

おそらくは、代替エネルギーへの投資が構造的に抱える問題も、半導体と同じであろう。しかし、規模が、遥かに、遥かに、大きいので、問題が顕在化したときの影響は、大変に深刻なのかもしれない。要は、現在の投資計画において採算点として想定している出荷価格に比して、量産が本格化したときの市場価格は、あっという間に、しかも、大幅に、下落した水準になるのではないか、という心配である。今、この心配が現実にならないのは、いうまでもいなく、どの国にも制度的な保護があるからです。

そこで、金鉱よりもスコップ、この古い格言の意味が明らかになる。金鉱よりもスコップというのは、金鉱を掘り当てる確率は極端に低いが、夢見る大量の金鉱掘りの人間に、必需品、例えば、スコップ、ジーンズ、食料品、酒などを売る商売は、確実なのだ、ということである。

投資における保守主義とは、不確実性を小さくする努力である。つまり、不確実の極みである金鉱投資を避け、確実性の高いスコップ販売業に投資することである。

半導体を中核として、その周辺には、半導体を使ったコンピュータ等の機器があり、更に、その先には、ソフトウェアやコンテンツがある。中核の半導体で一世代進化すれば、その影響は、二次的、三次的に拡大する。このとき、投資の保守主義原則では、半導体を避けて、二次三次の広範な領域に分散投資をすることになる。

金鉱よりもスコップ、エネルギーに読み替えれば、化石エネルギーよりも代替エネルギー、代替エネルギーよりも省エネルギーということになろうか。予測し得ないエネルギー価格に関する不確実性は、省エネルギーにおいて、一番小さくなるだろうからである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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