米中関係と地球温暖化問題

津上 俊哉

 中間選挙の結果、上下両院で少数与党体制になってしまったオバマ政権は、残る2年の任期中にどのような政治的レガシー(遺産)を遺そうとするのだろうか。北京APEC首脳会議を前に、11月4日ケリー国務長官がジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)でした演説は、外交面での「遺産」の候補が何かを教えてくれる。


 米国、「新型大国関係論」にカムバック

” Remarks on U.S.-China Relations”と題するこの演説を、ケリー長官は「アジア太平洋へのリバランス」政策から説き起こすが、「この政策は米中協力の強化抜きに語れない」とする。

「米中両国が関係を強化することは、両国だけでなくアジア太平洋地域だけでもなく、世界にとっての利益になる」

「米中関係はこんにちの世界で最も重大な(consequential)ものであり、21世紀のかたちを決める上で鍵になるだろう」

 ケリー長官は、オバマ大統領が過去6年間力を尽くしてきて、今後2年もそうし続けるであろうことは「原則に立った生産的な米中関係(a principled and productive relationship with China)」を構築することだったと述べた。
 「やれやれ。『新型大国関係』という中国発明のフレーズとは違う表現が出てきた」と思ったら、演説の続きには「新型大国関係」表現がちりばめられていた。

「我々(米中両国)は、新興国と現存の大国が戦略的に対抗しあう歴史上の落とし穴に陥ることのないよう緊密に協力している」

「米国の対中政策は、二本柱から成っている。①我々の相違を建設的にマネージすること(米中は明らかに多くの点で違う国である)、②両国の利害が合致する様々な領域では建設的に協力し合うことである。」

「我々(米国)は、米中のパートナーシップがグローバル・リーダーシップの好例を産み出すことを期待している。・・・もし両国が一緒になって真剣さを示すことができたら、残りの世界にどれほどのインパクトを及ぼすか想像してみてほしい」

 ちなみに本稿の上では余談になるが、ケリー長官は米中両国の相違点として海上安全(領土領海紛争)、サイバー問題、人権問題を列挙している。「海上安全」については、

「米国は他国同士の領有権争いにおいて一方の側の立場に立つことはしないが、これらの紛争の争われ方や解決のされ方については(平和的で国際ルールに則ったものでなければならないという)強い立場に立つ」

 お馴染みのセリフだと思ったが、後は

「したがって、南シナ海で高まる一方の緊張を深く懸念しており、全ての関係国が・・・するように促す」

 東シナ海への言及はなかった。尖閣は既にめでたく「過去ログ送り」になったということか。

 来年は米中が地球環境問題で協力をアピールする年に

 「相違は相違としつつ、米中が協力し合える分野」として、ケリー長官が 筆頭に挙げたのが気候変動問題だ。この問題のためだけに、全体で約5400語近い長文演説の2割の分量を割いている。
 ビンゴ! ここしばらく、少々気が早いが、北京APECを仕上げた後、来年の中国外交は何を課題にするだろうか考えていた。

 中国外交にとって2014年は、格別「豊作の年」とは言えなかった。ロシアとの関係はうまくやった、APECの準備もAIIB(アジアインフラ投資銀行)含めまずまずだ。しかし、対米外交は褒めた出来ではなかった。南シナ海での行いは米国の不信と懸念を高めた。サイバー問題を巡る溝は狭まるどころか拡がった。ずけずけものを言うようになった中国に対する米国の見方はさらに悲観的になった。夏のSED(戦略経済対話)も米側は失敗だったという評価だ。きっと、来年は対米関係を改善したいと考えるであろう中国は、何をテーマにするだろうか。
 今年、中国は「経済ニューノーマル論」を言い始めた。「いま起きている成長の低下は循環的ではなく構造的なものだ。過去30年のような高成長は、もはや可能でも望ましくも受け容れ可能でもない」と。具体的な成長低下の心構えはまだ十分ではないが、「高成長はあと10年ないし20年続く」と信じて疑わなかった数年前までとは大きな違いだ。
 そうなると、今後経済成長に必要とされるエネルギー消費量も大きく減少する。そうすると、二酸化炭素の排出量に上限を設けるよう求められてきたCOP(気候変動枠組条約締約国会議)への対処方針も変わってくるはずだ。現に9月の国連総会の前後、「中国政府の高風・気候変動交渉特別代表は、2020年以降の新たな温暖化対策で、温室効果ガスなどの削減目標案を来年3月末までに提出する準備を進めていると明らかにした」(共同9月19日電)。
 その国連総会における一般演説で、オバマ大統領は地球環境問題への取り組みを改めて表明している。二つのニュースの取り合わせを見て、「あるいは米中示し合わせての行動か」と考え始めたのだが、案の定だった。

 演説の中でケリー長官は、昨年米中両国が共同で「気候変動ワーキング・グループ」を立ち上げて、この問題をずっと話し合ってきたこと、来年パリで開催予定のCOP21国連気候変動会議に向けて、双方が排出上限を設定するための意見交換と討議を行っていることを明らかにした。
 地球温暖化は、オバマ政権と中国にとって因縁のテーマだ。2009年12月、就任して日も浅かったオバマ大統領がメンツを賭けてまとめようと努力した COP15コペンハーゲン会議で、中国が無茶苦茶に抵抗して合意を粉砕した経緯があるからだ。メンツを潰されたオバマ大統領の対中姿勢はこの件以来ガラリと変わって、中国と臆せずぶつかるようになった。
 オバマ大統領が残る任期の政治的遺産にするべく、この因縁のテーマに改めて取り組み、今度は中国が協力する・・・見ようによっては「感動のドラマ」ではないか。ちなみに、知らなかったが北京APEC首脳会議に出席するオバマ大統領の訪中は、大統領として二度目の公式訪問(国賓待遇)なのだそうだ。

 日本はどうする?

 日本は今年4月のオバマ大統領公式訪問の機会を活かして日米パートナーシップをアピールすることに成功した。TPP交渉の溝も狭まり、7月には懸案の集団的自衛権に関する閣議決定にもこぎ着けた。全体評価として、日米関係運営はまずまずの年だったと言えるだろうが、TPP交渉は終結していないし、集団的自衛権でも日米ガイドライン改訂、関連法制整備ともに持ち越しだ。
 今夏以降は、来年が第二次世界大戦終結70周年の節目に当たることが意識されるようになった。「『連合国』側が連帯をアピールし、敗戦国の日本は居場所のない思いをさせられるのではないか」と。
 しかし、これに加えて、米中両国政府が地球温暖化を巡ってパートナーシップぶりをアピールするのだとすると、来年はもっと「不本意な」年になるかも知れない。

 日本は何をなすべきか。米中が蜜月ぶりをアピールしそうなことに愚痴を言っていても始まらない。何はともあれ、温暖化対策を急ぐべきである。311以降の原発停止で、日本の温暖化対策は破綻状態になったままなのに、国全体が「不都合な」問題はないことにして忘れている。
 しかし、外の世界の空気は全く異なる。異常気象や熱帯由来の感染症の北上を見て、地球の温暖化が人類にとてつもない災厄をもたらすのではないかという懸念はますます高まっている。地球温暖化が温室効果ガスの排出増加によるものなのかは、依然科学者の推測の域を出ないが、因果関係を否定できる人は誰もいないし、まして「やはりそうだった」となったときに対策をしてこなかった責任を取れる人も誰もいない。
 パリ会議に向けて、早くこの対策づくりへの取り組みを加速しないと、この問題でも日本は立場がなくなる。「米中蜜月ぶりを見せつけられて気分が悪い」では済まなくなるのである。