劣化する民主政治 - 『なぜ大国は衰退するのか』

池田 信夫
なぜ大国は衰退するのか ―古代ローマから現代まで
グレン・ハバード ティム・ケイン
日本経済新聞出版社
★★★★☆



消費税の増税を延期して解散という話がにわかに現実味を帯びてきたが、これは政治的には合理的だ。このように厄介な問題を次の世代に先送りするのは、民主政治の必然的結果である。アメリカでも政府債務はGDPの7割に達し、戦時中の水準に近づいている。ローマ帝国の時代から、大国が衰退する原因は財政の崩壊だが、いよいよそれに直面するまで、政治家は真剣に対応しない。

先進国に共通にみられるのは、戦後の成長期に創設された年金や医療などのエンタイトルメントの膨張だ。社会保障は戦費のような裁量的経費とは違って、削減しない限り増え続ける。そしていったん生まれたエンタイトルメントは大きな既得権となり、それを守る利益集団が政治家を動かす。それを削減しようとする政治家は選挙に勝てない。

これは行動経済学ではおなじみのバイアスだ。現在の利益に対して将来のコストを過小評価し、損失を回避して将来もっと大きな損失をまねく。先送りを永遠に続けられないことは誰でも知っているが、自分の世代は食い逃げできると考える。

その意味で日本の財政危機は特殊なケースではなく、民主政治が特に劣化していることを示すにすぎない。日本にはエンタイトルメントを削減すべきだという党がないので、このままでは2030年代に政府債務はGDPの4倍を超える。それまでに財政が破綻することは明らかだが、政治家は増税を回避して「景気回復」で財政を再建する夢物語を語る。

利害の対立する財政問題から逃げるために、政治的に容易な金融政策に頼るのも、劣化した民主政治の特徴だ。安倍政権は、予算を1円も使わなくても輪転機を回すだけで景気を回復できる魔法があると、国民に信じ込ませようとしている。

日本がアメリカにキャッチアップしていたころは、問題は先送りすれば成長が解決した。しかし今は逆に、負担は先送りするほど大きくなる。このような政府のリスク回避的な政策は、国民に蔓延する後ろ向きの姿勢の反映だ。日本は150年前の幕末と似たような状況にある。

本書はアメリカの財政改革のために、歳出の上限を直前7年間の中央値以下に制限する憲法改正を提案している。これも政治的には実現不可能だが、劣化した民主政治を建て直せるかどうかが21世紀の先進国の最大の課題だろう。