今週のメルマガの前半部の紹介です。先日、ノーベル物理学賞を受賞した中村氏について、筆者のもとにいろいろな意見が届いています。まず、素朴な疑問から。
【その1】
貴殿の著書を読み込んで、発言ほぼ全てに納得し感心する者です。
ノーベル賞受賞後の中村修二さんが、怒りが原動力になっているのだと発言されました。日亜化学への怒りなのか日本的なものへの怒りなのかわかりませんが、自分はそのような晴れやかな場でそれを言わなくても、という気持ちになると同時に自分も持っている怒りが中村修二さんほどでもないのかな、などと考えていました。
しかし、政府は職務発明を会社帰属にする方針です。城さんは、中村修二さんの発言にどのような感想を持たれますか?
筆者の周囲にも複数いますね。ああいうおめでたい場で“怒り”なんて聞くことになるとは思わなんだという人は。そして、批判的な意見も。
【その2】
いつも楽しく拝見させていただいております。
人事屋さんとして従業員に決して口に出してはいけないドロドロした本音を読むことで、気持ちを昇華しています。もとい、1件先生に質問です。
世間は青色LEDのノーベル物理学賞受賞フィーバーとなっていますが、メーカー人事屋の私としてみたら「え、アノ人が獲っちゃったの?」と憂鬱な 受賞です。そう、中村教授は人事屋(と企業内知財担当)からするとすこぶる評判の悪い、例の裁判の主人公でもあります。
まあ、あの事例で言えば日亜化学という会社が、あの功績に対して高々2万円の報償金で済ませたというバカなことをしてくれたおかげでああいう話になったのでどっちもどっちなんですが、年功序列・終身雇用という最大のメリットを差し置いて「会社に莫大な利益をもたらしたんだから相当な報酬を 積まないから日本はダメなんだ」的な話がまた息を吹き返し、分別もつかない政治家が例の話に乗っかって暴走しないか心配です。
確かに、新しい技術で産業界に新たな革命を吹き込んだことは事実で、技術開発には賞賛の意でいっぱいです。が、解雇されるというリスクもほとんど 皆無なのに「儲かったらよこせ」という、もはや東電株主以上の厚顔ぶりかとも思います。「リスクテイク」という本当の意味も分からないで能天気に アメリカ的自由と比べてしまう日本人に労働市場改革などは夢のまた夢なのかもしれません。
私としては、成果が上がらない人の首切りや賃下げがバシバシできるような社会になって初めてこういう対価が正当性を帯びてくるものとは思っています。城先生は、この「技術者と発明報償」は今後どう展開してゆくと思われますか?
確かに、管理部門で氏に好意的なスタンスの人はまずいないでしょうね。それくらい例の裁判の印象は悪いです。一方で、氏を擁護する意見もあります。
【その3】
城さんこんにちは。
城さんは以前、中村氏の裁判についてやや批判的なことを言っていた気がするのですが、今回の中村氏のノーベル物理学賞受賞についてはどう思われますか?やはり、中村さんのような超エリートがアメリカに移って行ってしまう点からも、技術者の処遇は大きく見直すべきだと思うのですが。どんなに理屈をつけても、優秀なエリートが実際に流出している現状がすべてだと思います。私も技術者のはしくれですが、中村さんの問題提起で技術者の地位向上にスポットライトが当たったことは素直に喜んでいます。
筆者が常に言っているように、長期雇用を前提とした日本型組織には建前と本音の二重のルールが存在します。日本企業の内輪のおきてから見ると、氏の言動には白黒どちらをつけるべきでしょうか。また、キャリアデザインという観点から見れば、氏の選択はどういった意味を持つのでしょうか。
今回は中村氏の主張とそのキャリアデザインについて深く切り込んでみたいと思います。
狂気と直言、中村氏の2つの顔
まず、中村氏の日亜との裁判の件ですが、一審の200億円という判決も含めて、筆者は氏の主張のすべてが完全な間違いだと断言します。二審の6億円という判決も余計でしたね。あんなものはゼロでOKです。理由は実に簡単で、そんな契約はどこにもなかったからです。
会社の就業規則の隅から隅まで見通しても、「個人の特許で得た利益の〇割を支払う」なんて一字も書いてないはず。賃金規則を全部チェックすれば、社内の職級が何歳でどれくらいになって基本給は査定にもよるけどだいたい〇〇円くらいで、ボーナスは基本給かける査定成績ごとの係数で最高査定成績でだいたい何か月分だという事実は、誰でもじっくりそれらを読めば理解できるはずです。あってもせいぜい社長賞で金一封とか特許料一律〇万円くらいの記述でしょう。
というと「でも、特許法には相応の対価を支払うって書いてあるじゃないですか」と青筋立てて反論する人がいるんですが、だったら入社時に注文付けて自分専用の特別ルールを雇用契約に入れさせるべきでしょう。自分はきわめて優秀なので、該当事業の収益の〇割を払う、初年度から年俸1500万円を払う、自社株式の〇%を譲渡するetc…
そこで文句を言わずに終身雇用の正社員身分に入社したのだから、後から文句を言うのは明らかなルール違反です。
では契約云々は別にして、会社は中村氏を不当に安くコキ使ったんでしょうか?そういう報酬契約をうっかり結び忘れたばかりに、中村氏は大損をぶっこいたのでしょうか?筆者はそれも違うと考えます。
プロジェクトに何億円という大金をつぎ込むリスクも、銀行からお金を借り入れるリスクも、そして中村氏や同僚達を65歳まで雇用するリスクも、すべてのリスクをとったのは会社です。一方、中村氏は(プロジェクトが失敗したからと言って)高額の請求書がくることはもちろんのこと、クビになるリスクすらゼロです。リスクを取った側が利益をガッツリ取るのは当然ですね。
ついでに言うと、仮に中村氏が入社時に「私は超優秀なので特別ルールを作ってくれ」なんて言ったら、普通の日本企業は絶対採用しなかったでしょう。だから、両者の関係は別にどちらが儲けた損をしたという話ではなくて、それぞれ取りうる選択肢の中で最善の選択をしたというのが筆者の意見です。
2000年代に入り、多くの元技術者が会社を訴える事例が相次ぎました。その多くは、かつて正社員身分の一員として会社に大きく貢献したものの、年功序列で報われる年代になった後で思うようなポストがもらえなかった人たちです。子会社や取引先に出向に出されたり、中にはリストラされた人までいます。
かたや、年収2000万円近い役員待遇だった中村氏が、そうした元技術者と同様に「とりっぱぐれた側の人」とは、筆者にはとても思えませんね。むしろ、日亜側は出来る範囲でせいいっぱい処遇していると思います。
確かに、特許法の「相応の対価をもって報いる」というルールはあいまいで、司法の場で争う余地があったのは事実でしょう。だから氏は6億円ものお金を勝ち取れ、国は職務発明制度の改定を迫られるきっかけともなったわけです。
ただ、上記のような処遇を得ていた氏が、それまでのキャリアのすべてを投げ出すリスクをとってまで、なりふりかまわずグレーゾーンに突撃せねばならなかった理由が筆者にはわかりません。一種の狂気すら感じます。きっと報酬以外でなんらかの行き違いがあったのでしょう。
一方で、氏の日本社会に対する提言はどれも的を射たものであり、その多くに筆者は同意します。
「日本の若者よ もっと世界を目指せ」
国を作り替えないと日本に外国人は来ない
往年の名エンジニア達が会社を訴えたことからも明らかなように、正社員身分に甘んじていれば後々確実に報われるという時代は過去のものです。でも、政治はいまだに労働者を会社に縛り付けようとし、厚労省や労働法学者は正社員こそが人間のあるべき姿だと布教、不幸を量産し続けています。なにより、国民の多くも変化を嫌ってそうしたノスタルジックな考えにすがり付いているように筆者には見えます。
そんな中、ノーベル賞受賞して世界が注目する中で「このままじゃ日本は沈む」とか「出来るやつはアメリカに来い!」とか「私のモチベーションは怒りだ!」とパンクなことを言ってのける中村先生に、筆者は畏敬の念すらおぼえますね。いや全くその通り。やはりノーベル賞貰った人が「ぼくアメリカ行くから。そんじゃーね」というと説得力が違います。
まとめると、中村氏の過去の会社との訴訟は、筆者はまったく支持も理解もしません。氏は会社の正社員という身分に属しリスクをとらなかったものの、会社側は出来る範囲で手厚く遇したと考えます。
でも、そうした優秀な人材を囲い込める報酬制度が現状の日本企業には欠落しており、政治も国民の意識も、リスクを取るという方向には向いていないという氏の指摘は、どの識者よりも重みをもち、傾聴すべきだというのが筆者の意見です。
以降、
追い込み型人材としては理想的なキャリアデザインだった中村氏
“怒り”は大きなパワーをもたらしてくれるが、やがて自らを滅ぼす
編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2014年11月26日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。