燃料電池車はインフラ整備がなければ前進しない --- 岡本 裕明

アゴラ

トヨタの燃料電池車「ミライ」が12月15日、つまり、来週発売になります。車自体の前評判は良く、価格も400万円強で購入できるのはインパクトがあると思います。ただ、どこで充填するのか、という問題はそう簡単に解決できないわけで当面は商用などルートが決まっている使い方が主流になるのでしょうか?

一般の人で購入したい人にとってどこにスタンドがあるか今の段階では探すのも一苦労でしょう。ここは電気自動車の充電器のインフラ整備が進んだように水素スタンドの普及が待たれるところかと思います。

さて、きょうは燃料電池で湧く日本の真逆の状態が生じているカナダの話をしましょう。


バンクーバーから1時間ちょっと行ったオリンピック開催地ウィスラー。そこは環境に対する厳しい姿勢が至る所に見て取れます。街は山間でスキーシーズンのみならず夏のハイキングなど最近はオールシーズンリゾートとして着実に発展しています。ただ、街全体を支える上下水道や電気などインフラはキャパシティが小さく、これ以上の大きな拡大は物理的に厳しく、当局はそれは環境維持と称して大きく拡大させない政策を取っています。その街を支える公共交通機関のバスは約30台ありますが、その3分の2は2011年のオリンピックの時に導入した燃料電池のバス。その価格、一台2億1000万円(1CAD=100円換算)であります。

ところがそのバス、車両価格のみならず、メンテナンスコストと燃料代がバカになりません。それは通常の3倍にもなっているというのです。おまけに水素のステーションはウィスラーやバンクーバーはおろか、BC州そのものになく、なんと3500キロも離れたケベックから10日に一度、トラック輸送している状態であります。カナダ人なら誰でも知っている日系人の生物学者デビットスズキ氏がこれを聞いて「燃料電池のバスよりトロリーバスの方が格段に環境に優しい」と発言するなどウィスラーの燃料電池バスの行方は怪しくなっていたのですが、先ごろ、BC州の所有するバス会社が燃料電池バスの売却を決定しました。

つまり、価格も環境にも優しくない、という厳しい判断が下ったという事であります。

しかし、これはチャレンジの結果であります。当時の州首相の判断でこのバスを導入しているのですが、カナダもアメリカ同様、新しい技術が政府や当局にとってプラスなのであれば開拓者精神的なサポートをする点は素晴らしいと思っています。

例えばBC州は沿岸部の交通事情を改善するため、10数年前に高速フェリーを導入しました。これは全く新しいデザインの高価なフェリーだったのですが、BC州の独特の地理条件である多くの流木をフェリーのエンジンのところに吸い込んでしまう構造だったため、故障に次ぐ故障でほとんど実用化できず、売却した経緯があります。これも世論的には相当の非難を受けたのですが、何事も新しいことには問題が付きまとうことを前提にしないと何もできないのであります。

日本の場合、何か新しいものを導入し、それがトラブル続きだとすれば導入を決断した責任者、あるいはトップは「責任を取って辞任」というパターンが多いと思います。しかし、それをすればするほど責任あるポジションに誰もつきたくなくなるのです。

今、若い人と話をしても「私は(僕は)スタッフのままでいい」という人が圧倒的です。理由は「責任を取りたくない」のであります。しかし、そのような空気を作ったのは日本の世論であったことは忘れてはなりません。

さて、燃料自動車。BC州では残念ながらスタンドがないことでつまずいてしまいましたが、日本ではうまくフライしてもらいたいと思っています。以前にも指摘しましたが、車の性能はホンダを始め、他社も来年以降続々販売を計画していることから向上することは目に見えています。問題はインフラ。そして、水素という危険物を扱うスタンドをいかに安く作れるのか、そして水素そのものをどの方法で安全に安定的にガソリン価格よりはるかに安く作ることができるのか、これが課題であります。

折しもガソリン価格が下がり始め、アメリカでは燃費の悪い大型車が再び販売の主流となりつつあるようです。ガソリンが高ければ水素燃料にも分がありますが、しばらくは形勢不利かもしれません。が、この普及には10年以上はかかると思いますが、焦らず、じっくりと新しい世界を作り上げてもらいたいものです。たしか、ドイツでは日本に比べ数分の一で水素ステーションが作れる技術が確立されているはずです。自動車大国ドイツとの競争も含め、環境を世界に運んでもらいたいと思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年12月10日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。