タックスヘイブンという「新しい植民地」

池田 信夫
タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!

きのうのVlogでも話したことだが、ピケティの本の前半は日本とほとんど関係ない。特にr>gで引っかかる人が多いようだが、あれは経験的にも理論的にも疑わしく、不平等化の必要条件ではない。所得や資産の不平等が拡大する最大の原因は資本蓄積、つまりβの上昇が続くことだ。

ここで注意が必要なのは、彼のデータが税引き後の国民所得であることだ。資本家にとっては税もコストの一つなので、それが最低の場所で納税することが合理的だ。アメリカの不平等化の一つの原因が、タックスヘイブンを利用した租税回避である。アップルの海外法人は、所得の1.8%しか税金を払っていない。


経済学者はタックスヘイブンは単なる税制の抜け穴だと思っているが、その規模は大きい。ピケティはその規模を世界の総資産の1割と推定しているが、本書は1/4と推定している。おおむねアメリカのGDPと同じだ。2008年の金融危機を起こしたのはアメリカの金融資本だが、それをかつてない規模に拡大したのは、オフショアの「影の銀行」だった。

本書はその歴史を戦前までさかのぼり、植民地支配や金融システムとの関連で論じる。ケイマン諸島や香港などの古くからあるタックスヘイブンの特徴は、その多くがイギリス領だったことだ。これは偶然ではない。大英帝国の植民地は世界の表舞台からは姿を消したが、それを支える金融資本の力は衰えていないのだ。

イギリスが旧植民地を経済的に支配するには政府を統治する必要はなく、シティを中心とする金融ネットワークに組み込めばいい。その舞台に選ばれたのがカリブ海や香港・マカオ・シンガポールだが、それを運営しているのはシティの出身者である。

スイスやルクセンブルクなどのヨーロッパの小国も有力なタックスヘイブンだが、今や世界最大のタックスヘイブンはアメリカだ、と本書はいう。世界の「地下資金」の多くは、ニューヨークでコントロールされている。それは米国内でやったら脱税で、ネットワークを経由してカリブ海でやれば「金融技術」だが、どっちも実際に金を動かしているのはNYのファンドマネジャーである。

ケインズは第2次大戦後に、このような資本逃避が経済を混乱させることを懸念して資本移動を規制しようとしたが、アメリカの金融資本が反対し、その妥協としてブレトン=ウッズ体制ができた。それも1970年代には崩壊し、変動相場制や「ビッグバン」で資本は自由になったが、それは人々を幸福にしたのだろうか。

多国籍企業の経営者の最大の関心事は「海外法人の最適配置」による租税回避だ。その収益率は実業よりはるかに高いが、生産性はゼロだ。80年代から法人税率も所得税率も下がり、各国の財政を悪化させている。タックスヘイブンを利用できるのは大富豪だけなので、税は逆進的になった。ウォーレン・バフェットの実効税率は、彼の会社の受付係より低い。

著者は「金融資本が国家を脅かしている」と批判するが、法人税の租税競争は法人税(二重課税)を廃止すれば解決する。しかし個人の所得税を廃止することは困難であり、ピケティのいう「グローバルな資本課税」は不可能だ。OECDが規制を強化すると、途上国に新たなタックスヘイブンができる。

このようにグローバル資本主義は主権国家のフリーライダーになりつつあるが、それを根底で支えているのは国家による安全保障や財産権の保護である。地下経済の規模がここまで大きくなると、それは国家の財政基盤を浸食するだけでなく、資本主義そのものを滅ぼすかもしれない。