ケインズの時代からアナーキーへ - 『リーダーなき経済』

池田 信夫
ピーター・テミン デイビッド・バインズ
日本経済新聞出版社
★★★★☆



20世紀はケインズの世紀だった。大恐慌を終わらせて戦後のブレトン=ウッズ体制をつくったのは、彼を中心とする「管理された資本主義」だった。ケインズは「自由放任」の資本主義は必ず行き詰まると考え、国家が通貨を管理して国際資本移動を規制する管理通貨制度をつくった。米財務省のハリー・ホワイトも、ニュー・ディーラーとしてこれに協力した。

しかし世界の金融資本はこれに抵抗した。特に国際金融市場では、1970年代に基軸通貨だったドルが弱体化し、固定為替相場が維持できなくなった。これが変動相場制に移行したことをきっかけに資本自由化が進み、英米の保守革命と社会主義の崩壊によってグローバル化が世界に広がった。

これは一時は資本主義の勝利とみられたが、90年代以降、金融危機が頻発するとともに貧富の格差が拡大した。主権国家が資本を管理する体制が崩壊し、EUに典型的にみられるように「主権なき国家」が国際金融資本に振り回され、資本はタックス・ヘイブンに集まって地下経済化した。

国際関係は本質的に囚人のジレンマ的なアナーキーであり、放置するとホッブズ的な自然状態に陥る。この「万人の万人に対する戦い」を解決するには、ルールを決めて守らせる「主権」をもつリーダーが必要だ。19世紀には大英帝国が、20世紀にはアメリカがその役割を果たしたが、21世紀のリーダーは不在だ。

本書はこの潮流は危険だと警告し、ケインズに帰れと主張するが、それが現実には不可能に近いことも認める。いったん自由になった資本を規制することは政治的に困難であり、その最大の受益者である英米は規制を強化しても、その抜け道をオフショアに用意するからだ。

ピケティはこの問題を所得格差という結果からみているが、本質的な問題はグローバルな主権の喪失である。マルクスは「資本は国境を超え、古い産業を破壊して世界を一つにする」と予言したが、21世紀はケインズよりマルクスが正しいことを証明するかもしれない。