独仏で「反イスラム主義」への警戒心 --- 長谷川 良

アゴラ

仏風刺週刊紙「シャルリーエブド」本社襲撃テロ事件直後、「言論の自由」が大きなテーマとなり、パリで開かれた反テロ国民行進では、多くの国民が「私もシャルリー」という紙を掲げ、テロリストに10人のジャーナリストを殺された風刺週刊紙への連帯を表明したが、事件から2週間目を迎える今日、欧州では、焦点が「言論の自由」から「過激な反イスラム主義への警戒」へと移ってきている。


仏風刺週刊紙テロ事件やユダヤ系商店テロ事件を受け、フランスやドイツで反イスラム勢力や極右勢力が勢いをつけるだろうと予想され、警察当局は警戒を強めていた。実際、テロ事件直後の1月12日、ドレスデンの「西洋のイスラム教化に反対する愛国主義欧州人」( Patriotischen Europaer gegen die Islamisierung des Abendlandes、通称ぺギダ運動)の慣例月曜日デモ行進には約2万5000人(主催者側発表では約4万人)が集まり、過去最大のデモ行進となった。フランスではテロ事件後、国内の50カ所以上のイスラム系関連施設が何者かに火を付けられたり、襲撃されている、といった具合だ。

ドイツでは、反イスラム主義を標榜するぺギダ運動に懸念の声が高まっている。ヴルフ前大統領が在職中、「イスラム教もドイツの一部だ」と表明し、国民の結束を呼びかけたが、メルケル首相もここにきて「イスラム教徒はわが国民だ」と強調し、仏のイスラム過激派のテロ事件で国民が反イスラム主義に走らないように警告を発しているほどだ(「ケルン大聖堂の照明を消せ」2015年1月3日参考)。

そのような時、ドレスデンのぺギダ運動は、19日の慣例デモ集会を中止すると表明したのだ。その理由は「ルッツ・バハマン氏(Lutz Bachmann)らぺギダ指導者に対してイスラム過激派のテロの危険性が出てきたからだ」という。それを受け、ドレスデン警察側は同日予定されていた反ぺギダ集会の開催も中止させた。ちなみに、「デモ行進中止はテロの脅威に屈服することを意味する」として、「結社・集会の自由」への蹂躙だという批判の声が聞かれる。

独週刊誌シュピーゲル電子版によると、ドレスデンではデモ集会が中止されたが、他の主要都市で同日、ぺギダ支持者と反ぺギダ派のデモが開かれている。例えば、ミュンヘンでは反ぺギダ集会に1万2000人が集まり、歌やダンスをしながら、反イスラム主義に対して反対を呼び掛けた。マクデブルクでは約6000人が反ぺギダ・デモを行ったが、ぺギダ支持派デモは600人と小規模に留まった。首都ベルリン、日本人が多く住むデュッセルドルフ、ニュルンベルク、ヴュルツブルクでも両者のデモ集会が行われたが、参加者数はいずれも1000人から数百人だ。警察当局によると、ぺギダと反ぺギダのデモ集会は先週よりその動員数を減らしているという。

反イスラム主義の拡大はフランスやドイツだけではない。当方が住むオーストリアでもファイマン首相は先日、メルケル首相に倣い、「イスラム教はわが国の一部だ」と述べ、国民の反イスラム主義への傾斜に警告を発している。同首相の口からはもはや「言論の自由」といった言葉は聞かれなくなった。

なお、テロ事件が起きた7日、フランスの小説家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)氏が最新作「服従」を発表した。同小説は、2022年の大統領選でイスラム系政党から出馬した大統領候補者が当選するというストーリーだ。フランス革命で出発し、政教分離を表明してきた同国で将来、イスラム系政党出身の大統領が選出されるという話は、欧州最大のイスラム社会を有するフランスでは非現実的といって笑ってはいられない。フランス国民がこの小説の内容をどのように受け取っているのか、とても興味深い。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。