「赤い貴族」とスカーフの思い出 --- 長谷川 良

アゴラ

家人は昔、スカーフや雨傘をよくどこかに置き忘れてきた。最初は「君は忘れっぽいね」とちょっときつい言葉が出てきたが、当方も年齢が進むにつれて、忘れっぽくなった。だから、家人が何かを忘れてきても昔のようにはきつい言葉を出さず、「人は忘れやすい存在だよ」と哲学的な表現で治めるようになった。


▲当方とのインタビューに答えるミロバン・ジラス氏(1986年12月15日、ベオグラードのジラス氏宅で撮影)
 


小雪が降る寒い朝(8日)、中国反体制派メディア「大紀元」のサイトを読んでいると、中国共産党幹部たちの腐敗問題が特集されていた。中国経済の現在の経済的繁栄の土台を築いた故鄧小平氏の親族関係の企業にも腐敗追及のメスが入るという記事の中に、「赤い貴族」という表現があった。「赤い貴族」とは、労働者の代表を標榜しながら、腐敗、堕落し、富を蓄積する共産党指導者たちを表する。

その「赤い貴族」という言葉の生みの親は旧ユーゴスラビアのミロバン・ジラス(元副首相)だ。ジラス氏はチトーとともにユーゴ共産化のために戦い、副首相の地位に就きながら、共産主義の実態を批判し、共産主義からいち早く決別し、1950年代に「新しい階級」という著書を出し、共産政権下で特権をむさぼる共産主義者(赤い貴族)の実態を告発した。同著書は欧米諸国で話題を呼び、旧ソ連・東欧諸国の民主改革にも大きな影響を与えた。

当方は偶然、「赤い貴族」という懐かしい言葉を見つけ、1986年12月、ミロバン・ジラス氏に会うためにベオグラードの自宅を訪問した日のことを思い出した。ベオグラードのアパートメントの暗い階段を恐る恐る上ったこと、戸が開くと、部屋の照明を背に長身のジラス氏が立っていたこと、そしてエリザベス夫人が温かいティーでもてなしてくれたことを鮮明に覚えている。

ジラス氏は当方との会見の中で、「共産主義は本来、世界運動として明確な世界観、歴史観をもっていたが、今日の共産主義は民族主義に陥っている。ポーランド、チェコ、ハンガリー、中国いずれの共産国も、固有の困難と課題を抱えている。共通する点は、共産党の一党独裁と官僚主義だ。ユーゴ共産党は階級のない社会をつくる段階で民族問題も同時に解決できるという幻想にとらわれていた。しかし現実には民族問題は未解決のまま残っているし、共産主義者は政権の座につくと、新しい支配階級に変身している」と述べている。中国共産党の現状をみれば、ジラス氏の指摘が正鵠を射ていることが分かる。同氏が表現した「新しい階級」は中国で久しく現実化している。

ジラス氏との会見後、ウィーンに戻ったが、スカーフをジラス氏宅で忘れたことに気がついた。当方は「仕方がない」と諦めていた時、当方の忘れ物を届けてくれたのだ。ジラスの心遣いに感動したことを記憶している。

なお、ジラス氏が亡くなって今年4月で20年目を迎える。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年2月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。