コソボの現代版“出エジプト記” --- 長谷川 良

アゴラ

モーセは約60万人のイスラエル人を率いてエジプトから神の約束の地、「乳と蜜の流れる地」に向かって出発した。旧約聖書の「出エジプト記」にはその話が詳細に記述されている。エジプトで約400年間、奴隷の身にあったイスラエル人は指導者モーセの下で新しい約束の地に向かった話だが、バルカン半島のコソボで昨年から大量の住民が新生の地・欧州に向かって移動しているのだ。“現代版出エジプト記”と呼ばれるコソボの近況を報告する。
 


コソボは人口約180万人の小国で、住民の約92%がアルバニア人、最大少数民族はセルビア人で約4%だ。コソボは旧ユーゴスラビア連邦時代、セルビア共和国時代の自治州だったが、セルビアとの民族紛争の末、2008年2月17日、独立宣言をして主権国家となった。コソボの国家を承認している国は昨年12月段階で米国、英国、ドイツ、日本を含む110カ国だ。ロシアやセルビアなど国連加盟国の83カ国は依然、主権国家としてのコソボを承認していない。

今月17日で独立7年目を迎えるコソボでは独立直後の熱狂は既に消え、多くの国民は経済的困窮からセルビア経由、ハンガリー、オーストリア、そして最終目的地ドイツに向かって移動している。

オーストリア日刊紙プレッセ10日付はコソボの大量移住の波をルポしているが、1人のコソボ人は、「わが国には仕事はない。あるのは貧困だけだ」と答えている。昨年から今年にかけ、コソボから既に人口の10%の国民が祖国を後にしているという。ちなみに、コソボ人の約40%は貧困下の生活を余儀なくされている。失業率は約45%、若者では75%になるという。

シリアやイラクなど中東の紛争地から大量の国民(主に少数宗派の関係者)が内戦の難を逃れ、トルコや欧州諸国に流れてきているが、コソボのように平時の国の国民が大量移動する現象は近年、珍しい。まさに、“現代版出エジプト記”だ。彼らにはモーセのような指導者はいないが、約束の地はドイツ、フランス、オーストリアといわれる。

一方、コソボの住民を迎えるハンガリー、オーストリア、ドイツなどはその対応に苦慮している。それらの国には既にシリア人など中東の紛争地から難民が押し寄せている。ここにきて大量のコソボ人がそれに加わってきたのだ。

オーストリア通信(APA)によると、ハンガリー当局は過去6日間で約8000人のコソボ住民を不法入国で拘束したという。彼らはセルビア国境に近い南部都市セゲドから入国している。少ない日で667人、多い日には1697人のコソボ人が入国したという。冬に入ってその数は急増している。

ハンガリー当局によると、今年に入り、コソボからの不法入国者数は1万3000人。昨年1年間の総数は約4万3000人だった。2012年は約2200人に過ぎなかった。コソボの住民は西側に入国するためには査証「ビザ」が必要だが、セルビア国民は自由に欧州に入国できることから、セルビア旅券を申請するコソボ人が増えているという。

コソボの独立に強く反対したセルビア正教のアルテミイェ主教は、「コソボ自治州の独立は欧州全土に修復不可能な悲劇をもたらす。コソボの独立はがん腫瘍と比較できる。それは単に地域だけではなく、全欧州に影響を及ぼすだろう」と指摘し、コソボの独立に警告を発したが、同主教の警告は7年後の今日、コソボ住民の“出コソボ記”となって現実化しているわけだ。同時に、コソボの独立を一貫して支援してきた欧米諸国や日本の外交政策は正しかったのか、という問いかけが出てきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年2月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。