日本史を楽しく通史するマンガ15選(後)

本山 勝寛

「日本史を楽しく通史するマンガ15選」前編に続き、後編を紹介したい。前編では、弥生時代から室町時代までのお薦めマンガ8作品を紹介した。後編では、戦国時代から昭和後期までのお薦め7作品を紹介する。


【戦国時代】
9.『信長』(工藤かずや著、池上遼一画)
歴史ものの定番中の定番、織田信長。信長をテーマにした漫画、小説、書物は非常に多いが、なかでも池上遼一が描くこの信長はきわめて格好いい。池上遼一は私の好きな政治極道マンガ「サンクチュアリ」で劇画を描いているが、登場人物の格好よさ、美しさと絵の写実性ではピカ一だ。歴史を漫画で勉強しているというより、熱い男のドラマにひきこまれるように読めてしまう作品だ。ストーリーをひきたてる鎧や武器、城や茶器なども丹念に描かれていて、読者を飽きさせない。エンターテインメント性だけでなく、歴史的に重要と思える発想や観点はしっかりと押さえられてある。その上で、それを登場人物の口から語らせているため、意識せずとも強い印象が残る。

工藤 かずや
メディアファクトリー
2003-07-23


【江戸時代】
10.『風雲児たち』(みなもと太郎著)
幕末の明治維新は関ヶ原の戦いから始まっていた、という観点で、関ヶ原の戦いにおける薩摩の島津家や、後に長州に追いやられる毛利家らのポジションなどが丹念に描かれる。ギャグマンガで、これでもかというくらいギャグが盛り込まれているが、それでいて描かれている歴史観は深い。江戸幕府が開かれた後も、保科正之や田沼意次の政治、平賀源内や杉田玄白、前野良沢らの学問や科学への挑戦といった、「風雲児」たちの生き生きとした姿が面白く描かれている。一般的にはあまり知られていないが、歴史マンガの金字塔ともいる作品だろう。「幕末編」と合わせて読みたい。

みなもと太郎
リイド社
2013-09-20


【幕末】
11.『お~い!竜馬』(武田鉄也著、小山ゆう画)
私自身が歴史好きになり、本好きになるきっかけになった作品。高校時代、「お~い竜馬」を読んだあとに司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで、私の「マンガ勉強法」が始まった。
原作は武田鉄矢。武田鉄也は竜馬がつくった海援隊を自らのバンドグループの名前にするくらい竜馬ファンだ。その武田が金八先生でも演出されるような涙を誘う感動シーンを、竜馬を中心とした幕末の激動期を舞台にふんだんに盛り込んでいる。明るく、涙もろく、未来を見つめる竜馬の成長とともに幕末の激動期が描かれる。


【明治時代】
12.『日露戦争物語』(江川達也著)
日露戦争の日本海海戦を勝利に導いた連合艦隊の天才参謀秋山真之とその兄好古、そして同郷愛媛松山で親友として育った正岡子規を中心に展開される。司馬遼太郎の『坂の上の雲』ときわめて近い設定だ。秋山兄弟は教科書には出てこない無名の人物だった。しかし、彼らの生き様は江戸時代の精神を引き継ぎ明治の大改革を底支えした当時の日本人を代表するものであり、実に痛快で美しい。そこに国語の教科書に出てくる詩人の正岡子規が、我々が普通想像する子規像とは違った少年の姿で現れ、後に天才参謀となる秋山少年と友情を交わし合う。世界史に名の残るほどの勝利を導いた天才参謀秋山真之が少年時代をいかに過ごし、成人し、成長したのか。友情があり、兄との兄弟愛があり、師との出会いがある。
残念なのは、日露戦争そのものを描く前に連載が中止するという結末に終わってしまっている点。しかし、作品序盤の面白さは秀逸だ。


【大正時代】
13.『国が燃える』(本宮ひろ志著)
「サラリーマン金太郎」の著者本宮ひろ志が昭和の満州を舞台に描いた創作漫画。主人公は頭の良さが認められ、農家の子から大地主の養子に入り、商工省の官僚になる。そして、当時「日本の生命線」と呼ばれていた満州に派遣される。国を良くし、自分の出自でもある農村の暮らしを良くしようとする想いと、戦争に突入していく国家との間に揺れる一青年の葛藤を通しながら、満州を舞台にした戦前昭和史が浮かび上がってくる。
フィクションドラマの面白さを維持しながらも、石原莞爾や石橋湛山、東条英機、岸信介、蒋介石、それに南満州鉄道総裁の松岡洋介ら歴史上の人物が豊富に登場する。ストーリーにひき込まれていくうちに、異彩を放つこれらの人物に対して親近感と興味が自然と湧いてくる。


【昭和初期】
14.『虹色のトロツキー』(安彦良和著)
同じく満州を舞台にした安彦良和氏の作品。フィクション色が強いが、その分独自のストーリーが面白い。主人公は日本人とモンゴル人のハーフ。満州国に設立された建国大学に入った主人公が、時代に翻弄されながらも自身のアイデンティティを模索する。
石原莞爾が唱えた「五族協和」(日本、朝鮮族、漢族、満州族、蒙古族が一つに)のスローガンのもと創られた建国大学が最初の舞台。掲げられた理想と、武力を傘にした植民地政策という現実との矛盾を日本人と蒙古人のハーフの主人公の葛藤から浮き出させている。合気道顧問に招請された植芝盛平を登場させているところがまた面白い。植芝は合気道の伝説的創始者だ。
ここに亡命中のロシアの革命家トロツキーを虹色の影のように登場させながら、日蒙両方の血を引く主人公は関東軍と抗日運動を続ける馬賊との狭間で葛藤する。トロツキーはスターリンとの対立で亡命を余儀なくされたことから、反ソ連体制の構築を模索する石原莞爾ら関東軍が目をつけ、トロツキー招請の計画を画策し、そこに主人公が関わってくるという構成だ。結局この計画は失敗するが、舞台はソ連との国境紛争事件「ノモンハン事件」に突入する。
安彦の作品は、ガンダムに代表されるように、無力だが才能あふれる若者が巨大権力の中で翻弄されながらも必死に生き、道を切り拓いていく作品が多い。昭和初期の満州という矛盾に満ちた、しかし現実の歴史を舞台にしたこのマンガも例外ではなく、むしろその特徴がある種のリアリティをもって際立っている。私個人としても一押しの作品だ。


【昭和後期(戦後)】
15.『大宰相』(戸川猪佐武著、さいとうたかを画)
以前、政治マンガとしてもお薦めしたが、「小説吉田学校」を原作に、ゴルゴ13のさいとうたかを氏がマンガ化した作品。理系学生だった私が政治にも関心を持つきっかけになったマンガだ。歴代首相が登場し、戦後の魑魅魍魎とした権力闘争の政治史が描かれており、昭和史としても読める。

さいとう たかを
講談社
1999-07-19


ということで、日本の二千年の歴史を通史するお薦めのマンガ15作品を紹介した。ここで紹介しきれなかった他のマンガも多く、歴史マンガの世界は深くて広い。ここでは触れなかったが、以前の記事で書いたように、戦争マンガだけでも多数ある。ここで紹介したマンガは創作もかなりあり、歴史の正しい知識を「教える」のに最適かどうかは分からない。ただ、歴史に関心を持ち、歴史にはまり、そして歴史から多くのことを「学ぶ」にはもってこいの楽しい作品だ。こういった作品を、学生をはじめ多くの人が読むことで、歴史好きが増え、物事を長いスパンでみつめる文化がひろがれば、社会にとってもプラスになるのではなかろうか。

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本山 勝寛
ソフトバンククリエイティブ
2012-10-19


学びのエバンジェリスト
本山勝寛
http://d.hatena.ne.jp/theternal/
「学びの革命」をテーマに著作多数。国内外で社会変革を手掛けるアジア最大級のNGO日本財団で国際協力に従事、世界中を駆け回っている。ハーバード大学院国際教育政策専攻修士過程修了、東京大学工学部システム創成学科卒。1男2女のイクメン父として、独自の子育て論も展開。アゴラ/BLOGOSブロガー(月間20万PV)。著書『16倍速勉強法』『16倍速仕事術』(光文社)、『マンガ勉強法』(ソフトバンク)、『YouTube英語勉強法』(サンマーク出版)、『お金がなくても東大合格、英語がダメでもハーバード留学、僕の独学戦記』(ダイヤモンド社)など。