はじめに
このタイトルを見て、本コラムが寒冷地仕様の高齢者住宅を書いたものと思われる読者諸氏もいらっしゃるかもしれない。すなわち、高断熱高気密、省エネルギー型暖房、無落雪住宅等々、建物の構造や建築・設計をとりあげたコラムと言う印象を与えるかもしれない。しかし、本コラムは建築物としての高齢者住宅ではなく、制度や仕組みとしての高齢者住宅をテーマとしている。つまり、ハードではなく、ソフトとしての高齢者住宅である。
このテーマに関心を持ったきっかけは、先日、放映されたNHK北海道制作のローカル番組である(2015年1月9日)。同番組は北海道には無届老人ホームが全国的に見て突出して多いことを報じていた。全国に911の無届老人ホームがあり、そのうち、431が北海道にあると言う(2013年現在)。
高齢者を住まわせて、彼らに食事を提供したり、食事や入浴の介護を提供したりする施設はすべて有料老人ホームである(老人福祉法29条)。費用の多寡に関わらない。そして、有料老人ホームに該当する事業を行おうとする者には都道府県への届出が義務付けられ(同条)、義務違反には罰則が科せられる(同法40条2号)。この届出をしていない施設が無届老人ホームと呼ばれる。
番組では、無届老人ホームが北海道に多いこと、同ホームの費用が安い理由、それがもたらす諸問題を取り上げていた。しかし、北海道に多い理由については踏み込んだ言及がなかったように思う。そこで、本コラムでは北海道に暮らす者の視点から、その理由を考えてみたい (1)。
(1) このテーマに関しては、拙稿「高齢者の居所保障─見届け有料老人ホームをめぐる諸問題─」週間社会保障2810号(2015年)50~55頁も参照されたい。
1 北海道の特徴
北海道は、かなり以前から高齢者の施設利用率が高いと言われてきた。たとえば、「要介護2から5の高齢者数に対する施設・居住系サービスの利用者数の割合(2009年3月時点)」は、北海道は全国第4位(47%、全国平均は37%)である (2)。また、近年、活況を呈しているサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)の登録戸数は、2013年現在、全国2位の多さである(全国に約12万戸、そのうち北海道は約9000戸) (3)。無届老人ホームが多い事実は、この延長線上に位置づけられるといってよい。
その背景に何があるのだろうか。推測とローカル目線で考えたい。
第一に、世帯構成上の特徴である。具体的には三世代同居数と世帯あたり人数の少なさである。北海道の三世代同居率は43位である(8.22人/100人。最も少ない地域は東京(5.21人/100人))、世帯人数は2.21人と第1位の東京に次ぐ少なさである。世帯人数に関連して、北海道の65歳以上高齢者の独居率は5位(1位は東京の23.6%)である(数値はいずれも2010年国勢調査)。
このような現状の背景として田舎に親を残して、都市部で就職する(せざるを得ない)子ども世代が多いこと、三世代同居を求める社会的規範がかなり希薄であることを指摘できる。ここから心身が衰えてきたとしても、子どもを含む家族に大きく頼ることのできない実態が浮かび上がってくる。
(2) 社会保障制度改革推進本部「医療・介護情報の分析・検討ワーキンググループ(第1回 平成26年9月1日)」資料より。
(3) 社会保障制度審議会介護保険部会(第48回)資料2(平成25年9月18日)。
2 北海道の必然か? ─ビジネスとしての無届老人ホーム─
しかし、独居老人が多い、三世帯同居が少ないだけが無届老人ホームのみならず、他の高齢者住宅、施設、および、その利用が多いことの理由ではない。なぜなら、北海道以上にこれらの指数が高い都府県は他にもあるからである。
本コラムは無届老人ホームに焦点を当てているところ、同ホームが北海道で突出して多い理由は、そこで、二つ考えられる。一つはシルバー産業の有望な市場となると考えられていることである。周知のとおり、北海道は支店経済と呼ばれ、道内経済は本州の大手企業に依存しがちである。一次産業は別にして、高収益をもたらす地場産業が少ない。
他方、高齢者は今後もしばらくの間は増加し、かつ、前記のように家族に頼ることができない場合が多いので、高齢者向けの住宅や施設の事業は大きな需要に支えられることになる。さらに、介護保険事業とセットで経営するならば、家賃そのものは低料金でも介護報酬で十分に経営を成り立たせることが可能である。需要と確実な収入に裏付けられたビジネスモデルとして、同ホーム事業に商機ありと考える事業者が多いのは当然のことであろう。
もう一つは、北海道特有とはいえないかもしれないが、いわば「すき間」産業としての需要が見込めることである。無届老人ホームは有料老人ホームやサ高住に比べて、一般に低料金である。後者の施設や住宅に入居できるほどの経済力はないが、かといって老人福祉法上の施設は空きない、あるいは所得要件を満たさないなどの理由で無届老人ホームを選択せざるを得ない高齢者は相当数、存在する。彼らの存在が事業者の同ホーム経営を後押ししていると言える。
NHKの番組に登場した当局担当者も無届老人ホームのすき間産業的な役割を認め、同ホームの存在意義を肯定している。さらにいえば、上述のとおり、これといった産業のない北海道において、無届老人ホームを含む高齢者施設は雇用の場として、あるいは地域経済の活性化に大きく貢献している。
老人福祉法に違反しているからと罰則を課し、それによって同ホームが閉鎖されれば、入居している高齢者はもちろんのこと、地域住民、経済に与える影響は大きい。したがって、違法状態を解消する一方で、すき間産業ではなく、サービスの主流の一つとして位置づける仕組み、仕掛けが必要である。
3 北海道は日本の未来図か?
高齢者がその心身の衰えの状態に応じて居所を変えていくことはやむを得ない。住み慣れた自宅で最期まで、そのために24時間巡回訪問の充実といっても、これを享受できる高齢者は現時点では限られている。
そして、少子高齢化が進む遠い将来、現在は三世代同居率が高かったり、サ高住や高齢者福祉施設の利用者数が少なかったりする地域も、徐々に「北海道化」するのではないだろうか。その意味で北海道の現状は日本の未来図とも言える。その北海道で起こっている問題をやり過ごすなら、言い換えれば、ここで無届老人ホームを違法なすき間産業ではなく、高齢社会に不可欠な社会資源として位置づける作業を怠るならば、後世の高齢者のなかには住むところに困る、いわば居所難民が多く現れるであろう。
現在、政府は高齢者の住宅政策に注力し、最期まで安心して暮らせるロードマップを作ろうとしている。北海道の現実から有益な示唆を得て、私たち高齢者予備軍が居所難民とならない政策をたててもらいたい。
片桐 由喜
小樽商科大学商学部 教授
編集部より:この記事は「先見創意の会」2015年2月17日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。