3年前、中東問題に関する国際会議で一人のシリア人女性が「私の祖国シリアを守ってほしい」と涙声で訴えたことを今でも鮮明に思い出す。シリアの状況は当時、今日ほど絶望的ではなかった。そのシリアは内戦4年を迎えた今日、地図上から消えていこうとしているのだ。
イランのマフムード・アフマディーネジャード前大統領は「イスラエルを地図上から消す」と暴言を吐き、国際社会から激しいブーイングを受けたことがあるが、残念ながらシリアは本当に地図から消えようとしているのだ。
人工衛星が撮影したシリアの夜間写真がこのほどメディアに紹介されたが、内戦前の明かりの83%が消え、闇の中だ。反政府勢力が政府軍と激しい戦闘を繰り返したアレッポ市や東部では明りの97%が消えている。過去4年間の内戦でシリアのインフラが完全に破壊されてしまったことが分かる。文字通り、シリアは闇の中に消えているのだ。
チュニジアで発生したアラブの民主化運動(通称・アラブの春)は2011年3月15日、シリアのダマスカスにも波及し、アサド独裁政権の打倒、自由と民主化を要求したデモが行われたが、アサド政権は武力で鎮圧した。その当時、誰も4年後のシリアを予想した国民はいなかっただろう。
国連機関のシリア戦争報告書によると、過去4年間で21万人以上が犠牲となり、約84万人の国民が負傷した。昨年は過去4年間で最も多くの犠牲者(約7万6000人)を出している。また、1140万人が難民となり、その3分の1は国外難民だ。多くはトリコ、リビア、ヨルダン、レバノンなどに避難した。約260万人の子供たちは学校にいけない状況だ。国家の将来のこと考えると、これは深刻な問題だ。
また、国民の平均寿命は4年前75・9歳だったが、現在は55・7歳と急落した。4年間で国民の寿命が20年縮まった計算だ。そんな国がこれまであっただろうか。失業率は58%であり、国民の半分以上が仕事がない。国民経済は完全に停止状況にある。
アサド政権は依然領土の4割、人口の6割をその支配下に置いている。アサド政権は内戦当初、反政府勢力に攻撃され、必死に防衛してきた。オバマ米政権がアサド政権打倒に乗り出すのを躊躇する一方、国連安保理もロシア、中国の拒否で対シリア決議案を採択できずにきた。その間に、内戦は激化し、反政府勢力も分裂を繰り返していった。そして、イスラム過激派組織「イスラム国」が台頭し、シリア、イラク北部を支配していった。
ところで、ケリー米国務長官が15日、米TV放送とのインタビューの中で、アサド政権との交渉を示唆して、大きな波紋を呼んでいる。アサド政権の打倒を和平の前提条件とする英国やフランスは米国務長官の提案を拒否する一方、アサド政権は政権の維持を条件に交渉に応じる姿勢を見せてきているという。ちなみに、昨年1月から2月にかけて開催された和平協議を最後に、交渉は途絶えてきた。
一方、サウジアラビア、カタールなど湾岸諸国、そしてトルコは対「イスラム国」壊滅で団結すると共に、アサド政権の打倒を密かに目論んでいる。シーア派イランの支援を受け、ヒズボラを支援するアサド政権の存続はサウジなどスンニ派諸国にとって危険だからだ。
国連はシリア内戦で紛争解決の使命を果たせずに終わっている。そして国際社会の関心は蛮行を繰り返す「イスラム国」に注がれ、5年目に入ったシリア内戦は忘れられようとしている。「私の祖国シリアを守ってほしい「と叫んでいたシリア人女性の声に私たちはどのように応えたらいいのだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年3月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。