岡崎久彦氏の「遺言」 --- 井本 省吾

アゴラ

昨年10月に亡くなった元外交官の岡崎久彦氏はVoice2014年3月号に寄せた論文「歪められた戦後の『歴史問題』」で大要、次のように書いている。


韓国、中国に広がる対日歴史問題に火をつけたのは日本の左翼勢力だった。70年安保後、反体制左翼は逼塞し、ソ連の崩壊に伴って共産主義・社会主義勢力は大きく退潮した。しかし、安保闘争の担い手は大学、ジャーナリズムに残り、日本の過去の歴史を断罪することに活路を見いだし、執念を燃やした。社会党、共産党の政治家もそれに同調した。

国内だけでは支持がないので問題を海外に持ち出し、「日本の教科書が偏向している」「慰安婦を強制連行したのに謝罪していない」「首相、閣僚の靖国参拝は戦争犯罪を反省していない証拠」という議論を韓国、中国に吹き込んだ。

かつて日本に併合された屈辱を胸に抱える韓国では、北朝鮮勢力の思想的浸透もあって、この呼びかけに応じる形で反日機運が盛り上がり、その後も強まる一方である。

中国はソ連崩壊のもとに高まった自由民主化運動を弾圧、その不満をそらすために、日本を標的とした愛国運動の鼓吹を考え、日本の反日勢力の呼びかけに乗った。

その結果、今では韓国、中国では広範な反日運動が広がった。韓国では、朴槿恵大統領の行動に表れているように、日本を非難し続けないと政権が危うくなるまでになってしまった。

さらに日本や中韓の反日勢力は宣伝活動により、「日本はまだ中韓を中心にアジアに謝罪していない、反省していない」という誤った情報を世界に広めることに成功している--。

以上が、一部私の考えも入れた岡崎氏の「歴史問題」の整理である。うんざりする話だが、岡崎氏は最後に、希望的観測風にこう書いている。

この(歴史)問題は、国際問題ではあるが、国際問題の機軸である、国家間のバランス・オブ・パワーの変遷に伴う問題でもない

国際関係には……環境問題、人口問題、……生活水準の向上改善を維持する問題など国際協力を要する問題は多い。何時までも二十世紀前半の歴史の記憶にかかずらわっていられないはずである

これはその通りで、各種の難題解決に相互協力する中で歴史問題などは下火になることは考えられる。中国も環境問題や生活水準向上などで大いに日本の協力を得たいと考えているはずだ。ただ、問題は一番重要なのは平和、安全保障だということだ。

「国家間のバランス・オブ・パワーの変化に伴う、国際平和の維持の問題がいったん表面に出れば、他の問題などは吹き飛んでしまう」と岡崎氏は書いている。

しかし、そうとも言えない。米国陣営にいるはずの韓国は今急速に中国に傾いている。韓国を巡るバランス・オブ・パワーが揺らぐ中で歴史問題が取りざたされている。「歴史問題」は吹っ飛ぶどころか、国際権力闘争の一環に組み込まれているのだ。

朴大統領は日本との関係改善を呼びかける米国に対し「日本が慰安婦問題で誠意を見せないから、日本と対話ができない」と日本のせいにする。だが、その実、米国につくか、台頭する中国につくかの迷いがそうさせている面も大きい。日本をダシに使って、コウモリ外交を繰り返し、結論を先延ばししているのだ。清国、露西亜、日本と強そうな国家になびく韓国伝来の外交姿勢である。

岡崎氏は「中国の軍事力はまだとうていアメリカの優位を脅かす所までいっていない。アメリカはまだ、中国を甘やかすリベラルな態度をとる余裕をもっている」としている。

しかし、国境を接している韓国は歴史的な経緯もあり、中国圏に吸い寄せられる可能性は十分にある。そこで岡崎氏は「国際的なバランス・オブ・パワーのラディカルな変化が生じるまでは、この歴史問題……も生き続けるのではないかと思う」と締めくくっている。

中韓の日本への「歴史問題」攻勢は中国の実力の変遷に伴い、今後も続くということだ。岡崎氏の「遺言」が示しているのは、日本は歴史問題の宣伝戦に抗するため、正しい歴史情報を米欧などに発信する情報戦略を強化するとともに、軍事力・国防力を今以上に高める必要があるということだろう。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年3月20日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。