光触媒を用いた人工光合成の可能性

青木 祐太

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が最近発表したプレスリリースによると、NEDOの人工光合成プロジェクトにおいて、太陽エネルギーを利用した光触媒による水の分解反応からの水素製造において、2%という世界最高レベルのエネルギー変換効率(入射した太陽エネルギーに対する得られた水素の化学エネルギーの割合)を達成したそうである。NEDOは今後、2021年度末までにエネルギー変換効率10%の達成を目指すとしている。このように光触媒を用いた人工光合成において、世界最高水準のエネルギー変換効率を日本が主導するプロジェクトにおいて達成されたことは実に喜ばしいことだ。しかしながら、2%というエネルギー変換効率は、競合する他の技術と比べると、まだまだ勝負にならない。

太陽光のエネルギーを水素の化学エネルギーに変換する方法には、ここで紹介されている光触媒を用いる方法の他に、太陽電池で発電した電力を使って水を電気分解する方法がある。太陽電池の太陽光から電力へのエネルギー変換効率は、世界最高水準のInGaAs(インジウムガリウム砒素)系のもので36%程度だ。そして、水の電気分解における電力から水素へのエネルギー変換効率はだいたい70%程度といわれている。したがって、太陽光から水素への最終的なエネルギー変換効率は、太陽電池+水の電気分解という方法を用いれば最高で0.36 × 0.7 = 25%程度になるだろうと見積もることができる。もっとも、InGaAs系の太陽電池はまだ高コストであり、その用途は宇宙空間における利用などのハイエンドなものに限られている。しかし、最近の太陽電池は汎用のものでも15%程度の太陽光-電力エネルギー変換効率があるので、汎用の太陽電池を用いたとしても太陽光から水素への最終的なエネルギー変換効率は0.15 × 0.7 = 11%程度は見込める。したがって、光触媒のエネルギー変換効率2%程度では、まだ太刀打ち出来ない。

しかしながら、光触媒にも優位な面はもちろんある。光触媒を用いた水素製造装置は、太陽電池と電気分解を組み合わせたものよりもシステムが単純になるので、設備がはるかに低コストになるだろうと期待できることだ。実用面では、低コストで展開できるというアドヴァンテージは非常に大きい。また、太陽電池と比べて光触媒に使われる材料は環境に対して無害なものが多いように思われる。環境に対しての有害性の程度は、廃棄処分の際に重要になってくる。耐久性(耐用年数)やリサイクルのしやすさも、詳しく検討したことはないが、太陽電池に対して光触媒が優位になれるかもしれない項目の一つだ。

藤嶋と本多による光触媒の発見(国内誌での発表は1969年、海外誌での発表は1971年)は、太陽電池の発見よりも100年ほど後のことであり、光触媒は太陽電池と比べてまだまだ研究の歴史が浅い分野だ。したがって、その伸びしろはまだまだあると期待できよう。太陽光のエネルギーを用いたサステイナブルな水素生産は、再生可能エネルギーとしてだけではなく化学材料合成の分野においても大きな意味を持ってくる(石油は主要な一次エネルギー源のひとつであるだけではなく、プラスティックなどの石油化学製品のほぼ唯一の主要原材料でもある。人工光合成は、その状況を変える可能性を秘めている)。今後、エネルギー変換効率を格段に向上させる新たな光触媒材料の研究開発が望まれる。

青木祐太
東京工業大学