安倍首相がアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議で行った演説について、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞の社説は批判的だ。
物足りなかったのは、首相の歴史認識への言及である。……侵略の否定などバンドン会議の原則に触れたものの、先の大戦については「深い反省」を示すにとどめた。……安倍首相は今夏、戦後70年談話を発表する。日本が過去の反省を踏まえ、世界の平和と繁栄にどんな役割を担うのか。談話では「深い反省」の中身が問われよう(読売)
日経はもう一段、厳しい。
先の大戦への「深い反省」を表明する一方、明確な謝罪はしなかった。……「侵略戦争」「心からのおわび」などの表現を一言一句引き継ぐ必要はない。しかし、そうした要素がなくてよいわけではない。戦後日本が大事にしてきた平和主義が変質したと国際社会で誤解されては、新談話を出す意味がない(日経)
最悪の評価を下しているのは言うまでもなく日頃、安倍首相への敵対意識をむき出しにしている朝日だ。
首相は(インドネシアの)会議に発つ前夜のテレビで、村山談話について「引き継いでいくと言っている以上、もう一度書く必要はないだろう」と述べ、戦後70年の安倍談話には「植民地支配と侵略」「おわび」などは盛り込まないことを示唆した。きのうの演説はこれに沿った内容だ。 この考えには同意できない。 「侵略の定義は定まっていない」といった言動から、首相は村山談話の歴史観を本心では否定したいのではと、アジアや欧米で疑念を持たれている。 引き継いでいるからいいだろうとやり過ごせば、疑念は確信に変わるだろう。表立って批判されなくとも、国際社会における信頼や敬意は損なわれる。 それがいったいだれの利益になるというのか。 ……村山談話は国際的に高く評価されてきた。その後のすべての首相が引き継ぎ、日本外交の基礎となった。……それをわざわざ崩す愚を犯す必要はない。……首相はごまかしのない態度で過去に向き合う必要がある。「植民地支配と侵略」「おわび」を避けては通れない
朝日らしい、と言えばそれまでだが、安倍首相は「村山談話を引き継ぐ」と何度も言っている。その上で演説で「先の大戦に深い反省」を示している。「植民地支配と侵略」「おわび」を談話に入れないと引き継いだことにならないというのは、こじつけもいいところだろう。
村山談話を最も尊重しているのは中国と韓国だ。両国の狙いはその言葉を首相後継者に何度も言わせることで、道徳的優位に立ち、外交を有利に進めようとしているのである。
日本の大手メディアが、そのお先棒を担ぐとはどうかしている。国益を阻害している、と言ってもいい。中国は日本を萎縮させることで東アジアの支配を強めようとしている。
過去10数年の軍事力強化と露骨な海洋進出を見れば、それがわかるではないか。
安倍首相はそのことを十分に意識している。東南アジア諸国は「日米が協力して中国の露骨な攻勢を抑えてほしい。我々も協力して行く」という声を強めている。今回の安倍首相の演説はそれに応えたもので、十分に評価できる。
首相演説の次のくだりなど、中国の動きを苦々しく思っているアジア諸国の首脳は心の中で拍手を送ったに違いない。
今、この地に再び集まった私たちは、60年前より、はるかに多くの「リスク」を共有しています。強い者が、弱い者を力で振り回すことは、断じてあってはなりません。バンドンの先人たちの知恵は、法の支配が、大小に関係なく、国家の尊厳を守るということでした
次のくだりは、日本の過去を反省しつつ、暗に現在の「侵略」勢力である中国の行動を牽制するもので、これにも多くのアジア・アフリカ諸国の賛同があったと思われる。
「侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない」「国際紛争は平和的手段によって解決する」。バンドンで確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省とともに、いかなるときでも守り抜く国であろう、と誓いました。 そして、この原則の下に平和と繁栄を目指すアジア・アフリカ諸国の中にあって、その先頭に立ちたい、と決意したのです
この点について日経は「日本の侵略戦争を反省しているようでいて、直接の言及はない」とし、「玉虫色の表現は国内では通用しても、外国人にもわかってもらえるだろうか」と憂慮している。この場合の外国人は中国人と韓国人である。今の中国の「侵略」行為を脅威に感じている多くのアジア諸国は、安倍首相の主張に同意しているのではないだろうか。
政治外交とは過去ではなく、現在と未来に向けて自国の国益を維持、強化するるために行う。過去の歴史への言及は、そうした外交判断の中で扱うべきものだ。
その観点から見て、中国と韓国を除けば、安倍演説はアジア・アフリカ諸国の期待に沿ったものである。いつまでも「植民地支配と侵略」「おわび」にこだわるのは、それがあることで外交優位に立てると考える中国と韓国、そして現実の外交世界が見えていない大手メディアだけである。
いや、中国や韓国にしても今回の演説について、以前ほどの強い反発は示していない。彼らはいくら反発しても、安倍首相は変えられないとあきらめつつあるのだ。あるいは、そうした安倍首相の演説が自分たち以外のアジア・アフリカ諸国から支持され、孤立しつつあるのは自分たちだと気付いているのかも知れない。
となると、気付いていないのは、過去にこだわる発想から一歩も出られない大手メディアだけとなる(あるいは現場記者は気付いており、気付いていないのは社説を書いている論説委員と一部の社会部記者だけかも知れない)。
中国は力の外交を信奉者である。自分たちの歴史情報戦略に限界があると思えば、戦略を変えてくる。それに、中国は経済成長率が落ちる一方、環境汚染も悪化している。それについて日本の力を借りたいと思っている。
中国主導で創設されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)についてもホンネでは運営ノウハウなどで日本の力に期待している。
今回の会議で中国の習近平国家主席が安倍首相と会談したのも、そうした背景がある。こうした流れを読めない「ガラパゴス」化したメディアの将来は暗い。
編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年4月23日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。