アゴラ研究所の運営するインターネット放送「言論アリーナ」。4月21日の放送では「温暖化交渉、日本はどうする?」をテーマに、放送を行った。
出演は杉山大志(電力中央研究所上席研究員・IPCC第5次報告書統括執筆責任者)、竹内純子(国際環境経済研究所理事・主席研究員)、司会は池田信夫(アゴラ研究所所長)の各氏だった。
議論のポイントは次の通り。
1・CO2を原因の一つにして温暖化が起こっていることに科学者のコンセンサスがある。しかし温度変化、影響については分からない点が多い。
2・温室効果ガス削減で各国は目標を膨らませ、見栄えをよくしている。日本はそれにつられるべきではない。
3・ガス削減にはコストがかかる。エネルギー問題では原子力の批判や環境配慮への賛美などの主観が入り、数字に基づく合理的な議論が行われない。
議論の要旨は以下の通り。
不確実性に満ちた温暖化問題
池田・5月中にエネルギーミックス(エネルギー・電力の構成比)、それとセットになって、温室効果ガスの削減目標が決まる見込みです。エネルギー政策では重要な節目になるでしょう。また今年の11月末に、COP21(国連・気候変動枠組み条約第21回締約国会議)がパリで開かれます。どのような手順になるのでしょうか。
竹内・温室効果ガスを抑制する2020年以降の枠組みをCOP21で作ることが目指されています。準備のできた国は3月までに国連に自国の取り組みを約束する草案を提出する予定でした。しかし、米、EUなどは提出しましたが、日本は出せませんでした。遅くとも9月末にはどの国も出さなければなりませんので、ゆっくりとはしていられません。それより前に6月にドイツでG7(主要7カ首脳会議)があり、そこではある程度日本の目標を説明する必要があるでしょうから、5月中にエネルギーミックスと、温暖化目標が決まるでしょう。
【編集部注・現在、再エネ、原子力の発電割合を2030年までに20%超、またガス削減目標を2030年までに20%以上削減の目標案が出ている。現時点では05年比で20年までに3.8%削減の目標】
池田・地球温暖化の議論をすると「温暖化は起こっているのか」という、視聴者の声が必ずあります。今回はそこに踏み込みません。杉山さんは気候変動をめぐる科学的知見をまとめてきたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)から昨年3月に発表したされた第5次報告で統括執筆責任者を務めました。温暖化をめぐる議論は、今どうなっているのでしょうか。
杉山・私の属するのは対策のグループで、気候変動をめぐる科学的知見、その影響の研究をまとめるのは別のグループですが、IPCCリポートの中身を紹介してみましょう。
CO2を原因の一つとして温暖化が起こっていて、それがさまざまなリスクをもたらすことは、かなり広い科学者のコンセンサスがあります。しかし科学的な不確実性がかなり大きいということはIPCCがリポートでまとめています。このリポートは各国の研究を紹介するものですが、CO2の濃度が今より2倍になったとき、予想結果は2100年までに1.5度と4.5度までの間にばらけています。ものすごく大きい幅です。
しかし、それがメディアを通じて社会に広がる途中で、不確実性は強調されずに、「温暖化は必ず起きる」という事実のみが誇張される傾向にあります。
また温度だけではなく気候変動の悪影響については、もっとよく分かりません。IPCCの報告の該当部分でも悪影響を誇張して示していることは否定できません。
一方で気候変動をめぐる国際交渉では「先進国は2050年までにガスを8割削減しよう」とか「気温上昇を産業革命以来から2度以内に止めよう」という目標が掲げられています。そこまで極端なことをする必要があるのかというのは、議論の余地のあるところです。
政策は倫理ではなく、国民の快適な生活を考えるべき
池田・環境を守るためならば、どんな負担をしてもいいと思いがちです。しかし対策にはコストがかかります。日本でのエネルギーの議論を聞くと、「良いエネルギー」「悪いエネルギー」があって、悪いと認定した原発や石炭火力を使わないように議論を組み立てようとする人がいる。福島原発事故があったから仕方ないかもしれませんが、そうした倫理判断を入れると議論が混迷してしまいます。
そうではなくて、日本人が快適に、健康に、負担少なく暮らせるエネルギー供給体制をつくること、それを受けてCO2排出量をどの程度にするかという議論をするべきと、私は思うのです。
竹内・そう思います。世界には貧困などさまざまな問題があり、温暖化対策だけで人々が動くだろうという想定には無理があります。温暖化対策は交渉によってなされるのではなく、技術と資金が効果的に使われて初めて進むものですから、日本は実効性ある温暖化対策への貢献を考えたほうが良いと思います。
温暖化の交渉は、ある意味ゲームのようになっており、各国は自国に有利に見えるよう削減目標を決めています。例えば「図表1」は米欧などの削減目標です。いつの時点を起点に何%減らすという目標を掲げる際の「基準年」は各国とも、自分の都合のいい年を選んでいることがわかります。EUなどは今でも1990年という、すでに四半世紀も前を基準年にしています。それは、その後東西ドイツの合併で西側の高校率技術が東側に流れ込み自然と削減がなされた効果や、社会主義崩壊による東欧経済の停滞による排出量の減を「削減」として見せることができるからです。
(図表1)主要国の削減目標
池田・日本のメディアやNPOは他国の削減目標の数字の大きさにつられ、目標を大きくしろと言い始めていますね。
竹内・日本人は海外に影響をうけがちですから…。各国の努力のレベルが公平になることは重要ですが、その公平性はきちんとした評価軸で比較されなければなりません。
甘い見通しを繰り返す政府
池田・コストの削減は、どの程度かかるものでしょうか。
杉山・現在、再生可能エネルギーの買い取り制度では、このままでいくと太陽光発電が全発電量の3-4%ぐらいになるときに、年2.7兆円になると経産省が試算しています。ざっくりと試算すると1%の温室効果ガスを減らす場合に、太陽光では年1兆円程度のコストがかかります。20%削減すれば年20兆円かかるでしょう。
しかし、これよりも安くつく対策も、高くつく対策もあります。省エネの余地はあるでしょう。また2006年にバイオマス日本総合戦略というのを閣議決定して、温室効果ガスの削減などを目的にして総額6.5兆円かけていろんな事業をやりました。ところが、2011年に総務省が行政監査をしたところ、CO2の削減効果はゼロでした。これは太陽光より筋の悪い対策です。
池田・無駄遣いをなくすために、事前に政策を練らなければなりません。
杉山・京都議定書の目標達成計画の時も、効果という点で適切な分析がされませんでした。「図表2」は家庭部門の全体の温室効果ガスの増加率です。05年と08年に計画をしたのですが、結局はこの計画はまったく実現しませんでした。
(図表2・温室効果ガスの家庭部門の排出量の伸び率)
「図表3」は、今のエネルギーミックスで行われている議論を図に示したものです。電力需要と経済成長は増減がほぼ一致するほど相関が強い。政府は経済成長を年率1.7%と、現状から考えると、かなり高めに出しています。緑と紫の線の間に温室効果ガスは増えてしまう可能性が高いのです。しかし政府はガス排出量で年率マイナス0.2%が達成できると、試算しています。これは水色の線です。しかし実現は過去の経験からすると難しいでしょう。
(図表3)
似た議論は、民主党政権のエネルギー環境会議のときもありました。「図表4」では左に電力価格、右に省エネ量を取って比較しました。試算ではだいたい10-18%の省エネを達成しても、電力価格は倍増します。ところが、そのコストの話を政府は受け止めていません。見通しがかなり甘いのです。
(図表4)
池田・政府のエネルギー計画は、甘い見通しだらけですね。またコストを真剣に考えているとは思えない。
杉山・気候変動では何が起こるか、はっきり分かりません。この放送は東京の上野です。おそらく温暖化と都市熱で、この100年で3度ほど気温は上昇したでしょう。上野公園の桜の開花が早くなり、近郊の農家の作る作物が変わったかもしれない。しかし「それだけ」とも言えます。別に誰も困っていない。
温暖化でじわじわ環境が変化するよりも、人間社会の変化が早いわけです。温帯の先進国では温暖化で破局が訪れることはないでしょう。ただし世界規模でみると、途上国の人が一般に負担を背負うことになります。
池田・国際交渉の場では、こうしたコストと効果、科学的リスクを洗い出す議論は主流にならないのでしょうか。
竹内・コンセンサスがどこまで根強いものかは分かりませんが、「2度目標」が掲げられ、変わりそうにありません。島嶼国など一部の国には、それより厳しい「1.5度目標」を掲げる人たちがいます。
杉山・2度目標はIPCCでも議論をしましたが、かなり困難という意見で一致しました。そして温室効果ガスを環境に影響がないほど減らすのは、おそらく現在ある技術だけでは不可能でしょう。ただし科学でそうした研究があっても、政治の場ではなかなか参考にされないのです。また今回議論するのは2030年ごろまでの削減規制の枠組みです。各国とも政治目標は2100年や50年に設定し、大きな数値目標を唱えている面はあります。
日本の製造業の優位を維持する必要
池田・日本のエネルギーミックスの議論に移りたいと思います。原発が停止する中で、安い石炭火力が日本中で作られ初めています。しかし、これは大気汚染の懸念もあるし温暖化対策では最悪です。中国では暖房、発電などの石炭使用による大気汚染で、年100万人単位の死者が増えているとの推計もあります。これは他の国ではどうなのでしょうか。
竹内・中国で石炭火力が増えていることに対しては反発や批判も多いのですが、一方で再エネの導入に成功した事例とされるドイツでも、実は問題があります。
ドイツでは、電力に占める再エネ比率が25%になりました。再エネが政策的に保護されている一方で、再エネの調整役である火力発電は自由化しているので、とにかく安い電源が生き残ります。火力の中では環境性に優れた天然ガス火力などの稼働が減り、国内にある褐炭という石炭よりも温室効果ガス排出量の多い電源が増えてしまったからです。再エネの振興は、温暖化防止策のために始まったのに全体で見ると顕著な削減は見られないのです。日本もこれから自由化しますので、ドイツの問題を学ぶ必要があるでしょう。
杉山・日本が国力を維持し、国際的な地位を守っていられるのは、技術力とそれに裏打ちされた経済力があるためです。そして青色LEDやプリウスを製品化できる製造業の力です。すべての産業の優位性を守るフルセット主義はよくないですが、強みを弱める必要はありません。エネルギーの値段を上げることは、産業、製造業に負担を加える以上、慎重であるべきでしょう。
物作りでイノベーションができる国は世界で、米独日など数ヵ国しかありません。日本の製造業が弱まり、開発力が抑えられることは、世界の損失でもあるのです。コストと効果を考えた政策の検討が求められます。
池田・きょうの議論から考えると、今のエネルギー政策で、原子力をタブーにし、コスト検証の議論を行わないのは、かなりおかしいと思います。エネルギーを語る場合に、「命か経済か」という感情的な議論になりがちです。問題をすべて洗い出し、冷静な議論をすることが求められます。
【最後に、視聴者アンケートを行った。(母数不明)エネルギーミックスの結論は不明だが、「現状より2030年ごろまでに20%温室効果ガスを削減する」方向である。これに賛成か、反対かを聞いた。賛成が22.7%、反対が77.3%となった。ネット世論に限って言えば、対策に疑問の多いことが分かる。】
(編集・石井孝明 アゴラ研究所フェロー・ジャーナリスト)