法的根拠なき原発の停止- 規制庁の奇妙な見解の紹介

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停止中の原発の一つ、日本原電敦賀2号機

石井孝明
経済ジャーナリスト

原発が停止している根拠はない

日本のすべての原発は現在、法的根拠なしに止まっている。それを確認するために、原子力規制委員会・規制庁への書面取材を行ったが、不思議でいいかげんな解答をしてきた。それを紹介する。かなり技術的、専門的な話だが、今後、原子力規制委員会・規制庁の問題を考えるとき、また同委員会への行政訴訟などが行われる場合に、批判者はこの論点を突けばよいと考える。


(参考「新安全基準と再稼動は無関係である」「原子力行政はどこで脱線したのか」池田信夫アゴラ研究所所長)

2012年9月に発足した原子力規制委員会、執行機関の原子力規制庁は翌13年7月に原子炉関係の関連法と規則の改正、それに基づく新規制基準を施行した。

改正の前でも後でも原子力発電所は私企業のプラントであるために稼働が原則であり、一度認可の下りた原子炉の運転の停止は、規制当局が停止を命令するか、あるいは原子炉の設置許可を取り消すしか方法がない。電力会社が原発の運転を停止する法律上の義務は、原則として定期検査に限られる。

現在の停止状況について、原子力規制庁に筆者が照会したところ「法律に基づいて停止などを命じているものではない」(書面回答)としている。また政府は「(規制委員会に、原子炉法等規制法によって)発電用原子炉の再稼働を認可する規定はない」(14年3月23日、菅直人衆議院議員に対する政府答弁書)としている。

では、なぜ止まっているのか。原子力規制委員会の新規制基準の審査のためだ。

停止根拠は私文書「田中私案」

原子炉等規制法では、第43条の3の14で「発電用原子炉設置者は、発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならない」としている。これは事後的に、安全基準や法の改正をして安全対策を命じる「法の遡及適用」(バックフィット)の根拠になる。

バックフィットへの対応は、当然、金銭と時間などの負担を生む。新規制基準への対応で、10電力会社は総額1兆5000億円の原子力発電所の改造費用をかけ、また原発停止で11年からの累計では代替の火力燃料代で12兆円を費やした。

他国では、バックフィットの負担の責任はどこか、原子力規制の法規で詳細な規定がある。企業の財産権を侵害するものであるからだ。しかし日本にはなく、あいまいな制度の中で電力会社が負担している。電力会社は、この法律の規定にかなりの不満を抱き、専門家もそろって財産権を不当に侵害する「欠陥法」と指摘する。

この法律を字義通り解釈すれば、どのように基準に「適合」させるか、手段は明確ではない。それを規定する文章が13年3月に原子力規制委員会の定例会合で決定された「原子力発電所の新規制施行に向けた基本的な方針(私案)」、通称「田中私案」というものだ。しかし、その内容はかなりあいまいで、問題が多い。

この文章の内容を要約すると以下のことを決めている。

1・このとき大飯原発の3、4号機以外の原発は停止していた。これ以外の全部の炉について「(新規制基準を)満たしているかどうかの判断を、事業者が次に施設の運転を開始するまでに行うこととする」としている。

2・設置変更許可、工事計画認可、保安規定認可の申請を同時に提出させ、「規制の基準を満たしていない原子力発電所は、運転の再開の前提条件を満たさないものと判断する」と決めた。

つまり、すべての原発に、一律・全面的にバックフィットを行わせている。そしてその審査が大幅に遅れている。再稼動を認める権限のない規制委が、この私文書を根拠に止める形になっている。

この私案を変え稼働と新規制基準の適用を同時並行させても問題はない。原発をすべて停止させる必要はない。ところが規制委は変えない。田中私案は、原子力規制委員会の13年3月19日の定例会合で決定されたのだが、公印・文章番号のある公文書にならず、私的文書のまま放置されている。前述のように、法的に規制委は止める命令は出せず、論理的に詰めていないので、公文書にできないのだろう。

当初、規制委は原発1基当たり、「半年で審査が終わる」と見通しを述べた。そのために電力会社は問題がある規制でも、田中私案を受け入れた。ところが新規制基準が適用された13年7月から、現時点14年4月まで1つも審査が終了していない。そのため今になって電力事業者の間で、この「田中私案」を問題にする人が増えている。

規制庁の奇妙な解答

この件について、原子力規制委・規制庁はどのように考えているのか。新聞では産経新聞、読売新聞が触れただけで、他メディアはどこも問題にしていない。また国会議事録を見ると、1度しか田中私案は質疑に出てこない。記者も国会議員も勉強不足だし、電力会社側の話をまったく聞いていないことが分かる。

筆者は、答えは予想できたものの、以下の質問を規制庁に行った。3月に質問をだし、1ヶ月経過して、4月に返ってきた。行政文書の処理も、この役所は遅い。

質問1「「全プラントにつき新規制基準の適合を審査する」という手続きを根拠する行政上の公文書は、田中私案だけなのか」
質問2「なぜ田中私案を正式な公文書にしないのか」
質問3「現在の原子炉の停止の根拠は何か」
質問4「バックフィットのコストを規定した法律はないのか。現在の原発の停止の損害の責任は誰か」

規制庁広報室を通じた質問1、2の回答は「平成25年3月19日の原子力規制委員会において示された「原子力発電所の新 規制施行に向けた基本的な方針(私案)」については、新規制基準の運用について 定めたもので、公開の委員会の場で扱われた資料として、一般の方々を含め広く共有され、事業者においても本方針で対応されるものと認識しております」というものだった。

「法的拘束力」という言葉はさすがに使わなかったが、法的根拠になるか言及していない。また質問2についてははぐらかし、公文書にならない理由を説明していない。田中メモは「資料」としているが、事実上、このおかしな私的文書で行政が運営されていることを認めている。予想通り、おかしな答弁だ。法的拘束力はないので、電力会社は規制委の勝手な「認識」を、違うと拒否できるわけだ。

質問3の回答は「法律に基づいて停止などを命じているものではなく、全ての原子力発電所は原子炉等規制法に基づく定期検査中のため運転を停止しており、施設の運転再開までに新基準への適合性を判断する方針としているため、原子炉が停止した状態となっています」としている。

原子力規制委員会が原発の停止をさせる現状は、田中私案の定める「施設の運転再開までに新基準への適合性を判断する」で止まっている状態を確認した回答だ。

質問4の回答は「原子炉等規制法第43条の3の14において、発電用原子炉設置者は、発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならないとしており、発電用原子炉設置者が、発電用原子炉の維持のため、所要の対応をしなければならないとしています」というものだった。

これは直接、質問に答えていない。バックフィットによる現実の損害がある以上、責任は明確にされる必要がある。

いずれも、こちらの聞きたいところ、そして「違法な原発停止」と答えを引きだそうとした狙いを、はぐらかす形で回答している。法的に曖昧な行政をしていることを、規制委・規制庁も十分知っているのだろう。そして、このような矛盾に満ちた文章を対外的に出す規制庁の態度にも驚く。責任者の田中規制委員長の記者会見でこの問題の質問をしようと考えるが、これ以上の答弁は難しいかもしれない。

原子力規制委の監視と是正が必要

規制委内部でも、法的根拠のない行政活動の問題は共有されている。筆者は非公開の勉強会で、最近退任した規制委首脳に話を聞いた。「現在の規制庁は仕事に不慣れ」「法律根拠のあいまいな決定が行われている」と、問題の存在を自ら認めた。

筆者が「そうならば、あなたはなぜ問題を直さなかったのか」と指摘すると、「担当ではなかった」「スタッフがいない。個人のできることは限られる」と、責任逃れの返事が返ってきた。筆者は日本の高級官僚の無責任体質に嫌気がさしてしまうが、彼らも田中私案のおかしさは認識しているようだ。

規制委は、独立性を確保する「(行政組織法上の)3条委員会」の形で成立し、他の行政機関、立法府から介入しづらい構造になっている。しかし法律上根拠のない行政活動は、原発に賛成、反対の意見と関係なく、どの立場からも、認められないはずだ。

そして電力会社は原発の停止を契機に、経営危機に直面している。今後は、会社の存立のために「行政訴訟」も視野に入るだろう。筆者は法律の専門家ではなく、事実の指摘しかできない。しかし法的根拠のない行政活動のために、裁判で電力会社が賠償を獲得できる可能性もある。それは税金から支払われることになる。

なぜ規制委・規制庁はこのような頑迷な行政活動をするのか、理解ができない。状況が動いたために、後戻りできないと考えているのかもしれない。しかし現実の経済で負担が発生し、批判が強まる中で、是正はおかしなことではない。かえって批判により政治の介入を呼びかねず、組織の独立性を自ら危うくしている。

問題の多い原子力規制委・規制庁を監視し、世論と行政の力で是正させていかなければならない。こうした恣意的な行政は、原子力・エネルギー政策のためにはならず、混乱だけをさせている。そして負担は全国民に加わる。能力に疑問のある一行政機関が日本経済とエネルギー産業の行く末を勝手に決めてよいのだろうか。