宇宙の形成プロセスを振り返ると、ビックバーンから飛び出した莫大なエネルギーから水素、それからヘリウム、そして様々な素粒子、原子、分子が生まれ、星が誕生していったという。インフレーション論によれば、宇宙は今日も膨張を続けている。最も興味深い点は、宇宙に広がった最初のエネルギーは完全に消え失せることなく、形態を変えながらも今も存在し続けているという事実だ。
火葬したとしても、自分という存在、厳密にいえば、自分を形成してきた原子や分子は完全には消滅しないという。極言すれば、人間は一旦存在した以上、完全にはゼロ(無)になれないのだ。死ねないのだ。
宇宙物理学者はさまざまな器材(ハッブル望遠鏡など)を駆使して、宇宙形成時の重力波、ニュートリノなどを追跡している。宇宙形成初期の物質が今、自分の体を通過しているかもしれないのだ。
ところで、人間の肉体を通過する物質が突然、その出自を想起し、その能力を発揮したとすれば、どうなるだろうか。21世紀に生きる人間の中に、何十億年前の宇宙形成史がその姿を垣間見せるかもしれない。インスピレーションはそのような過去の記憶が覚醒した瞬間のことではないか。
チベット仏教の輪廻思想はひょっとしたら、昔々亡くなった人間の残滓が彷徨った後、ひょんなことから地球の人間の肉体に降臨し、その意識を目覚めさせた結果ではないだろうか。「自分は10世紀に生きていた王様だ」と主張する人がいる。それは10世紀に生きていた王様の何らかの残滓が21世紀に生きている人間に舞い降りてきた結果かもしれない。
霊的現象もひょっとしたら、宇宙に彷徨う無数の意識を有する元素がひょんなことから地上の人間に降臨して顕現した時の現象かもしれない。地上で生きてきた人間は完全に無にはなれない。何らかの残滓が宇宙に彷徨っている。その残滓が当方の洋服についたとしても不思議ではないし、毎晩、台所に現れてくる幽霊は意識をもつ元素たちの姿かもしれない。
当方の体を形成する元素には必ずや数世紀前に生きていた人間の残滓が含まれている。その中には、イエス降臨前の時代の人間もいるかもしれない。当方の記憶は当方独自の個人史だけではなく、当方の肉体を形成している元素の歴史が潜んでいるはずだ。当方の中に当方が体験したことがない過去の歴史が潜んでいることになる。
なぜ、こんな荒唐無稽な話を書くのか、と聞かないでほしい。政治的テーマのコラムを書くのが疲れたからではない。当方の右手を形造っている意識を有する元素たちが自己主張を始めたからだ、と説明しておこう。
当方は今、意識ある元素たちの自己主張に必至に抵抗しているところだ。自己防衛本能とは、過去のさまざまな意識と記憶を有する元素たちの支配に対して、生きている人間のレジスタンスだ。
宇宙とその形成史を考えていると、当方の思考が地上の世界から浮上し、宇宙の果てに飛び散ってしまいそうになる。意識の中に宇宙の吐息が伝わってくる。人間を“小宇宙”というのはそのためだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。