賃金とチップのあれこれ

賃金上昇圧力が日米両方でかかってきそうです。賃金上昇は中流層の家計を改善し、経済全体を活性化しやすくする一つの方策で、ある程度の改善は重要だと思います。そんな中、アメリカの賃金事情を覗きながら考えてみましょう。


シアトルがあるワシントン州では2020年までに段階的に最低時給が15ドルまで引き上げられることは以前本稿で紹介いたしました。その動きをフォローするようにカリフォルニア州でも同様の決議がなされました。カリフォルニア州の最低賃金は現在9ドルですから2020年までに段階的に上がることで経営側には堪えることになるでしょう。

アメリカは連邦政府が最低賃金を7.25ドルと設定しており、それを受けて各州は別途最低賃金を設定しています。多くの州は連邦政府の設定と同じ最低賃金を適用していますが、29の州はそれよりも高い最低賃金となっています。また、3つの州では最低賃金を定めていません。例えばジョージア州では6人以上の雇用があれば最低賃金は5.15ドルですが、それ以下は最低賃金の定めそのものがありません。

もう一つはチップを貰える職業についている人の最低賃金規定は別建てだという事が日本では案外知られていません。この設定も州ごとに見事にバラバラですが傾向としては西海岸の州(アラスカ、ワシントン、オレゴン、カリフォルニア)などは通常の最低賃金と同一なのですが、東部、南部に行くとチップを貰える人の最低賃金設定は極端に下がります。

ニュージャージー、ニューメキシコ、ノースキャロライナなど多くの東部、南部州が設定しているチップ収入がある人の最低賃金は2.13ドルで設定されています。

アメリカではチップ論争が一部で起きているようですが、通常の最低賃金の4分の1しかなければチップを乞うのは致し方ありません。では例えばレストランでチップ制度を止められるかといえば歴史と人々に刻み込まれた認識がそう簡単に受け入れさせないのでしょう。

チップの語源は異論もありますが、イギリスのパブで「To Insure Promptness(機敏な応対を確かなものにするために)」という箱を設置したからとも言われています。この発想からすれば「よりかまってもらうために特別に報償を提供する」とも取れます。あるいは奴隷制度の名残とも言われています。どちらにせよ、サービス産業が主流となった今の時代の発想とはかなり趣を異にしますので日本のようにチップがない制度が世界のトレンドになっていくのでしょう。

チップ制度についてはアメリカが最も保守的で欧州を含む全世界でチップは少なくなる傾向にあります。カナダの新聞で以前「ホテルのまくら銭を置くか」というアンケートがあり、確かカナダ人の4分の3ぐらいの人が置かないと回答されていた記憶があります。サービス価値のデフレともいえるのですが、その分、通常賃金を引き上げることでバランスを取るべきかと思います。アメリカはマニュアル大国でどこでも同じサービスが受けられることをモットーとしているならばなおさら、チップ制度を維持することの論理性に欠けるでしょう。

仮にチップを貰う人たちの最低賃金が通常の最低賃金にすり寄る形となり、ワシントン州、カリフォルニア州のように最低賃金の大幅な引き上げはいくつかの影響を及ぼします。

弱体経営の退場 (低賃金の代名詞、ウォールマートの動きも注目されています)
物価高を惹起 (北米ではコストの増は最終価格に転嫁するのが主流で日本のように経営改革で吸収しません)
最低賃金者のみならず、低い賃金の人たちの所得水準引き上げによる中流の増加

ではこの動きが日本にも伝播し、日本の経済に影響を及ぼすことが起きるか、でありますが、チャンスは低いと思います。理由は労働に対する姿勢が北米と日本ではあまりにも違いすぎます。サービス残業が普通、有給は取らないのが普通の日本では基本的に働くことを良しとしています。キリスト教では労働はリンゴを食べたペナルティだという発想の違いがベースにあるでしょう。

日本人がアメリカのレストランで食事をすれば目の玉が飛び出るほど高いとびっくりするでしょう。それを日本でも当たり前にしたいのなら賃金を上げればよいし、ほどほどがよいのなら今の傾向を維持すべきです。

世界のディズニーで東京の入場料は圧倒的に安く、カリフォルニアでは日本の倍近くです。これは為替もありますが人件費のなせる業もあります。どちらがよいのかは判断に苦しむところではないでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本 見られる日本人  5月24日付より