独立精神はあるか --- 井本 省吾

集団的自衛権の論議で、リベラル系新聞や民主党の議論は、昔ながらの「自衛隊員が死ぬリスクが高まる」「米国の戦争に巻き込まれる」といった議論だ。自衛隊の海外派遣を論じたPKO法のころ、いや、自衛隊の結成時からの議論と同工異曲、少しも変ららない。


その背後にあるのは「自分は危なそうなところには行きたくない。それに関連しそうな動きは真っ平ご免」という逃げの精神である。それは自然な感情でもある。誰だって、危ないことには近づきたくない。政府はそうならないようにすべきだ、という考え方は間違っていない。

しかし、そうやって面倒なことは政府に預け、自分は何もしないという怠惰で、他力本願の国民がふえたら、その国の安全は保たれるだろうか。

むしろ、自衛隊結成からPKO法まで一見「危なくなりそうな」政策を進めた方が危ない事態には至らず、日本の安全保障を高めてきた。それが実態である。

それなのに、少しでも危ないと思われる方向に向かいそうになると、世論の警戒心は再び強まってしまう。集団的自衛権の行使容認の支持率は今もって低く、半分に届かない。

だが、「それなら、どうやって国を守るのか」と問われると、国民の多くは「アメリカに頼めば良い、守ってくれる」と漠然と思っている。それでいて、米軍基地はできるだけ自分の住む町の近くには来ないでもらいたい。それで済むとも思っている。そうなるのには、政府やメディア、長年の教育に責任があるだろう。

「大丈夫か、日本の独立精神」(自由国民社)という共著書の中で日下公人氏が自ら作ったアンケート調査の内容と、その結果を書いている。

韓国駐留アメリカ軍の家族引きあげに関する協力要請があった場合、日本はどのように対応すべきだと思いますか?
1. 即座にイエス  2 . ノー  3. 1週間返事を待ってもらう

設問を作成した1994年当時、実際に在韓米軍の家族が引きあげがありえた。米海軍が核兵器製造を進める北朝鮮に爆撃する計画を考えていたからで、実行するとすれば、在韓米軍家族3万5000人を事前に日本に一時避難させる必要があった(実際には計画は実行されず、沙汰やみとなった)。

日下氏が当時、教えていた大学の教授と学生に上記アンケート調査を実施したところ、「ノー」と書く回答者が多かった。「アメリカのやる戦争の巻き添えは食いたくない」「家族引きあげにも協力しない」ということだった。

日下氏はアンケート回収後、その結果を示しながら、こう話した。

これが日本人全体の考えだと米国が知ったら、どうだろう。怒るでしょうね。「核武装を進める北朝鮮に攻撃する最大の目的の1つは日本の安全を保つことになる。その前線に立つ米軍兵士の妻子を、一時的にもかかわらず、引き受けないというのか。そんな国のために安保条約を続ける気はない。廃棄だ。日本の米軍基地もすべて引き揚げよう」。米国は民主主義の国だから、世論がそういう方向に向かえば、米政府はそれに従わざるをえない。それで、あなた方はいいんですね

そう問うと、「ノー」とアンケートに答えた教授と学生の多くが一斉に「イエス」に変わったという。最後まで「ノー」を貫いたのは1割にとどまったそうだ。、

当時から20年たった今も、同様の調査をすれば、同じことになるのではないだろうか。最初は「ノー」と答え、米国の怒りと安保条約破棄の予想を説明して再質問すると、その多くがなだれを打って「米軍家族受け入れ」に変わるという形だろう。

日下氏はこう分析している。

(国民は外交、軍事についての知識がなく、知識を得れば)判断は変わる。内閣や外務省、防衛省が国民に何も知らせていないことが問題だ。マスコミも知らせていない。国民は常日ごろ考えていないから、いきなり聞かれると、理想主義で答えてしますのだろう。文部科学省も日米安保を主体的に考えるための教育をしていない

つまりは戦後の教育に行き着く。主体的に考える人間がふえれば、日米安保条約の必要性がわかり、そのためには米国の家族を助けることも必要になると思う。さらに、万一、日米同盟が破棄された場合、どうやって自国の独立と安全と繁栄を守るかということを考えることにもなる。それが独立の精神を育むということだろう。

今、それが希薄なのは、教育の欠陥と言える。では、その原因はというと、そうした教育を許さない風土にある。その風土を広げた原因はというと、教育ということになり悪循環、独立精神を育む教育とそれを促す風土はニワトリとタマゴの関係にある。

とすれば、それに危機感を覚える人々が各自、独立精神の必要性を主張して行くしかあるまい。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年5月23日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。