今月16日の朝日新聞朝刊記事『孫氏「後継候補」指名、広がる波紋』の中に、『孫氏の周りには、かつての北尾吉孝(現SBIホールディングス社長)、笠井和彦(2013年に死去)両氏のような大番頭が不在。「再考をと進言する人がいない」と幹部。(中略)頻繁に関心が変わる孫氏は、自身が熱中した領域に詳しい人材を外部から招いては、その人に入れ込む癖がある』との記述がありました。
今回の孫さんの決定を受けて、先日朝日の新聞記者よりコメントを求めるメールが私宛に届きました。此のニケシュ・アローラという人は優秀であると孫さんから聞いてはいましたが、実際のところ私自身よく知らない話ですから基本コメント出来ないと返信し、その上で「また変わるかもね」と付け加えました。というのは、何も孫さんが変わるということでなく、米国社会で生きてきている47歳の「後継者」の方が変わるかもしれない、というニュアンスも込めての言です。
米国の企業を様々見ていますと、その後継者指名はある日突然といったケースが非常に多く、当国にあって今回のやり方は少し異例ではないかと思いました。勿論スティーブ・ジョブズのように、大変な闘病生活の中で自らの命を悟りティム・クックをNo.2に据えてきたというケースはあります。しかし余程の病を抱えることなく未だ元気に経営を切り盛りするトップがその最中、「後継者は○○です」という言い方をしているケースは米国では殆ど無いような気がします。之は私が米国の実情を十分知らないが故の見方かもしれませんが、私が知る限り少なくとも当国企業では諮問委員会の類あるいは株主等による後継指名が通常ですから、少し違うのでは?という意味でも本件また変わるのかもと思われます。
私なども常にSBIの後継ということを考えており、当ブログでも嘗て『君子は器ならず』(13年4月11日)や『岡潔著「日本民族の危機」について』(11年12月6日)等で、当該事案に言及したことがあります。当社のグローバル展開の状況如何では、必ずしも日本人で在らねばならないというふうにも思いません。それは、ハワード・ストリンガーのソニー或いはクリストフ・ウェバーの武田薬品等を例に挙げるまでもなく、グローバルカンパニーの場合は外国人のトップ就任は合理的な選択肢であり、それ自体はある意味当然だとも思ってはいます。4年程前のブログ『カリスマ依存リスク』でも述べた通り私自身は、私が一線から退くべきベストなタイミングで、天は私の後継者が必ず現れるようしてくれると考えています。
そもそも人を選ぶということは、物凄く難しく感じられる作業であって、そう簡単に短期間で結論が出る話でもないように思います。例えば『「山下跳び」と呼ばれた松下電器産業(現パナソニック)の3代目社長、山下俊彦氏による1977年の「25人抜き」』というケースもありましたし、今年に入ってはまた「三井物産が社内序列32人を飛び越えてトップに54歳という若さの安永竜夫執行役員を起用するサプライズ人事」もありました。これ即ち一企業の置かれた状況に応じては、非常に突飛かと思われる英断も求められるということです。
会社の将来を見据えた時に時代の潮流の中でどのような人物がこれから必要とされるかということが一つあり、それから「創業と守成いずれが難きや」といった会社のステージということがもう一つあります。之は、『貞観政要(じょうがんせいよう)』にある有名な言葉です。私は創業には創業の難しさがありますし、守成には守成の難しさがあると思います。分かり易い例として徳川家康を見れば、所謂「関ヶ原の戦い」までの家来達とそれ以後「徳川三百年」の礎を創って行く家来達とでは、当然能力・手腕の違う人間であるべきでどちらも難しい時期でありましょう。会社が成長期にあるのか成熟期にあるのかなど、その発展段階に応じて夫々誰が適材かということになるのだと思います。
之をソフトバンクに照らして言えば、未だ「営業利益の8割を国内の通信事業で稼ぐ現状」や「米携帯4位TモバイルUSの買収断念」、あるいは「3割強を出資する中国・アリババ集団の新規株式公開で手にした巨額な含み益」等々より、先ずは此の収益・アセットにつきその現況や如何にということになります。そしてこれから後、どういう分野で収益貢献が上がって行くのか、どういう分野で上げようとしているのか、その為の人材がどれだけマッチしているか、といったことが非常に大事になるのです。
之を私どもSBIグループに照らして言えば、第一にインターネットベースの金融生態系を構築して行くということでは、日本国内においては証券事業からスタートし、これまで多様な金融関連の事業会社を設立する中で、相互進化と相互シナジーを徹底追求してきました。また今月1日には「SBI生命」誕生ということで、3大コア事業(証券・銀行・保険)全てが相互シナジーを働かせ相互進化して行く世界に類例を見ないインターネットベースの金融コングロマリットが完成し、今後それが一つのエコシステムとしてインターネットの「シンカ(深化・進化)」に伴い更なる発展を遂げて行くであろうと期待しています。今度は海外現地有力パートナーとの連携の下、国内で培ったノウハウを各国の状況に応じて移出し、他国における此の金融生態系の構築推進を一層図って行かねばと考えています。
第二に、我々SBIはコーポレートミッションの一つに「新産業クリエーターを目指す(21世紀の中核的産業の創造および育成を担うリーディング・カンパニーとなる)」として、New Industry Creatorということを掲げています。これまでインターネットやバイオテクノロジー、オルタナティブエナジーやエナジーコンサベーション、あるいはアンチポリューションといった所謂「ポスト・インダストリアル・ソサエティ(脱工業化社会)」に相応しい新産業を興すべく我々は投資戦略を構築し、そういう領域を中心に据えて投資を実行してきました。3年程前のブログ『なぜ日本は「新産業クリエーター」になれないのか』でも述べたように、我々は日本の成長産業の創造および育成に十分貢献してきたものと自負しています。
これら2つの主要事業分野、金融サービス事業およびアセットマネジメント事業については基本私が余り言うことなしに、きちっと前に進んで行ける体制が既に築かれ任せていられる状況です。前者に関しては最早放って置いても伸びて行くと思っていますし、後者に関しては上記類のサニーサイドに投資するとして後はちょっとした目利きがあればその領域の中で良い会社を探せるだろうと思っています。そういう意味で今、私が最も力を入れているのは三本柱の残りの一つバイオ関連事業であって、之を如何に早く収益化するかに絞って様々な取り組みを加速化しています。
その辺りの現況は、昨日の大阪開催を最後とした今回のインフォメーションミーティングでも「準備段階から収益化のフェーズへ移行するALA関連事業」として次の5項目、「(ⅰ)SBIファーマは国内外90以上の研究機関と提携してきた結果、様々な分野でALAに関する基礎研究等が進展」、「(ⅱ)SBIファーマは既に国内で21件の特許を取得。海外においても順次取得中」、「(ⅲ)国内外でALAを利用した医薬品開発のための臨床試験が進行(フェーズⅡ:3件、フェーズⅢ:1件、上市:1件)」、「(ⅳ)PDD(光線力学診断)のために利用する2種類の医療用光源装置を開発・販売」、「(ⅴ)現在、健康食品事業を手掛ける国内外の企業数社から技術導入の希望があり、その中から導出先を選択し、遅くとも7月初旬の決着を目指す」を挙げたりしながら御話した通りです。
考えてみれば今から7年前、08年4月に設立されたSBIファーマという会社は僅か5年で「アラグリオ(悪性神経膠腫の経口体内診断薬)」という薬を一つ上市したわけですが、私は製薬会社の歴史上こうしたスピード事例を知りません。医薬品分野・化粧品・健康食品の三分野で今徐々に成果を出し始めている此の事業を、私自身としても私の事業の最後の集大成として捉え日々一生懸命に取り組んでいます。当社事業についての説明が少し長くなりましたが私どもSBIグループの場合、その後継者は上記した柱となる三事業全てにつき経営出来るレベルで知っているということはマストです。
ソフトバンク孫さんの場合、そこの所をどういうふうに考えているのかが一つ大事なポイントになるでしょう。ニケシュ・アローラという人は「金融、通信キャリア、インターネットと三つの分野にまたがってそのキャリアを築いてきた、たたき上げ」のようですから、そうした分野が分かっていればそれで良いということかもしれません。あるいは未だ日本国内依存型のソフトバンクという会社の経営者として、此の日本社会の中にどれだけ深く彼が浸透でき、リーダーとして皆を引っ張って行き得るかという部分もありましょう。但し、之に関し孫さんは「まだまだ引退するつもりはない」とされているようで、直ぐにその座を明け渡すわけでなく当面両方でやって行くというのであれば、何ら問題ない部分とも言えるのかもしれません。
以上、長々と述べてきましたが今回の孫さんの決定を受け、私には「通常あまりにも早い後継者指名だなぁ」という意外性がありました。私どもで言っても、当社取締役執行役員副社長を務め享年57歳で昨年4月16日に逝去した井土太良君のように、突如としてそのNo.2を失ってしまうケースも有り得るわけです。そうした観点から考えてみても、47歳のニケシュ・アローラが必ずしも大丈夫とは言えないでしょう。
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