文系大学の助成金はやめて「保育バウチャー」に

池田 信夫

かつて「スーパーグローバル大学」などと言っていた文科省が、最近は180度転換して「文系の大学はいらない」といいはじめた。これは正しいが、人的資本の価値を高めることは今後ますます重要になる。そのためにはどういう教育が効果的なのだろうか。

この問題については、経済学でも教育学でも、おおむね結論が出ている。OECDも推奨するように、幼児教育の社会的収益率は大学よりはるかに高い。著者ヘックマン(ノーベル経済学賞受賞者)は、この点を詳細な計量分析で裏づけている。

特に印象的なのは、ペリー就学前プロジェクトと呼ばれる実験の結果だ。これは経済的に恵まれない3歳から4歳の黒人の子供を対象に、午前中は学校で教育し、午後は先生が家庭訪問して指導するもので、2年ほど続けられた。

その後の経済状況や生活の質にどのような差が出るかについて、約40年間にわたって追跡調査が行われたが、その結果は明白だった。40歳になった時点で比較したところ、次の図のように実験を受けた人は(普通の人に比べて)平均所得や持ち家率が高く、また生活保護受給率や逮捕率が低いという結果が出たのだ。


このように幼児教育で犯罪を減らし、所得を高めて社会保障の負担を減らす社会的収益率は、15~17%とヘックマンは推定している。これは公共投資のリターンとしてはきわめて高い。

ただしこの効果は、幼児に詰め込み教育をすることによるものではない(IQの差は大きくなかった)。実験を受けた子どもに顕著だったのは社交性、学習意欲、知的好奇心などの非認知的な能力である。親や先生がいくら「勉強しなさい」といっても、本人に知的好奇心がなければ、親の目を盗んでなまける。大事なのは、自分で新しいことを知る意欲なのだ。

脳科学でもわかっているように、ニューロンは生後すぐ急速に減るので、脳のハードウェアは1歳までに決まり、あとは学習によるシナプスの結合でソフトウェアが蓄積される。この学習効率はDNAに依存しないので、遺伝的な差はほとんどない。「氏より育ち」なのだ。

そのソフトウェア形成も3歳ぐらいで終わり、総合的な学習能力のピークは8歳だといわれる。その後はいくら学校で詰め込み教育をしても、処理能力の低い脳は処理できない。大学教育も職業教育も、社会的収益率はマイナスだ。

ピケティ的な所得再分配は、しょせん事後的な調整でしかない。大事なのは、幼児期の教育で負わされるハンディキャップをなくし、すべての子供に(単なる学力ではない)非認知的なスキルを身につけさせる機会均等である、とヘックマンは結論している。

日本でも、国立大学が非生産的な文系の学部を設置するのは社会的な浪費である。役所も大学教育には力を入れるが、幼稚園と保育所の統合さえできない。憲法違反の私学助成も廃止し、すべての幼児に全額の保育バウチャーを発行して、あいた大学のキャンパスで幼児教育をすればいい。

ただし幼児にどういう教育が適切かについては、研究が不十分だ。子供ともっとも接触時間の長い母親の影響が強いので、専業主婦にも幼児教育の系統的な方法を教育すれば、人的資本を形成する重要な役割を果たせるかも知れない。