ギリシャのチプラス首相が29日、「金がないのにどうして払えるか」と語ったという記事を読んで、欧州連合(EU)とユーロ圏諸国は最終的にはギリシャの要求を大幅に受け入れる以外に今回の金融危機を乗り越えることが出来ないのではないか、と感じた。なぜならば、ギリシャが圧倒的に弱い立場に立っているからだ。少し文学的に表現すれば、欧州はギリシャの厚顔無恥な交渉に敗北するのではなく、欧州自身の優しさに屈服するのではないかと思うからだ。
ギリシャは30日までに国際通貨基金(IMF)へ約15億ユーロの返済を求められたが、返済できなければ、デフォルト(債務不履行)だ。実際は、欧州中央銀行(ECB)が当分、ギリシャへの金融支援を続けるから、ギリシャ情勢は7月5日実施予定のブリュッセルが提示した金融改革案の是非を問う国民投票の結果待ちだ。それに先立ち、ユーロ財務相会合はギリシャとの交渉の打ち切りを決めている。
客観的にみると、債務国ギリシャの立場は弱い。ポルトガルなど他のEU諸国が厳しい緊縮財政で危機を乗り越えようとしている時だ。ギリシャ側の改革への意識が十分ではないと言われても仕方がない。
ギリシャの金融危機問題で欧州連合、ユーロ圏諸国は議論を繰り返し、アテネに財政支援してきた。シニカルな経済学者は、「イランの核協議を思い出すべきだ。彼らは既に13年間あまり議論を交わしているが、やっとここにきて最終合意交渉に入ったばかりだ。欧州とギリシャの財政協議はまだ5年間に過ぎないではないか。いずれにしても、ギリシャの国民経済は今後もユーロ圏やIMFの財政支援を必要としている」と予測する。
確かに、ギリシャがIMFに16億ユーロの債務を返済したとしても、10月末までに返済期限を迎えるのは、IMFへの返済のほか、7月20日に約35億ユーロ、8月20日に32億ユーロをECBへ返済しなければならない。次から次と債務返済日が訪れてくるのだ。
ギリシャがその返済期限を順守しなければ、その時にデフォルトだ。IMFは緊急理事会を開き、その対応を検討する。ユーロ支援基金(EFSF)はギリシャの返済分をIMFに返済しなければならない。EFSFはこれまで1300億ユーロを支援してきた。どうみても、ギリシャが金融危機を完全にクリアするためには長い、苦難の道のりが控えているわけだ。
考えてほしい。ECBが緊急支援を中止すれば、その瞬間、ギリシャは破産だ。国民は現金自動支払機(ATM)にカードを入れてもユーロはもはや出てこない。物価は急騰し、年金や公務員の給料未払いが続けば、暴動の危機が出てくる。路上には空腹の国民の姿がロイターやAP通信社の写真で世界に流れる。子供の食事すら買えなくて戸惑う母親の姿は国際社会の同情を引くだろう。
ここで欧州の移民問題を思い出してほしい。欧州には北アフリカ・中東諸国から移民が殺到している。冷戦時代、難民収容所国家と呼ばれたオーストリアでは移民を収容できず、テントを設置して収容しているほどだ。雨が降れば濡れるテント生活を強いられる移民たちの姿が夜のニュース番組で流れると、「移民たちをテントではなく、収容所に収容すべきだ」という声が与野党から出てきた。テント生活を強いられ、雨が降れば濡れる移民の姿を国民は冷静に見ることができなくなるのだ。
ギリシャ問題でも同じことが生じるのではないか。ブリュッセルが同じ欧州大陸で展開する惨めなギリシャ国民の姿にどれだけ耐えられるだろうか。必ず、ギリシャを救えといった声が飛び出し、緊縮政策を強いるブリュッセルへの批判が高まるだろう。その結果、ユーロ圏側が再び腰を上げ、ギリシャ支援に乗り出し、債務返済の延期、免除などを実施していくことになるのではないか。もちろん、その背後には、ギリシャに対して巨額な債権を保有するドイツやフランスなどの欧州諸国がギリシャの完全な破産だけは避けたいという台所事情があるだろう。
ギリシャは過去、オスマン・トルコに長い間支配され、その後、ナチス・ヒトラーに占領されてきた。戦後は、軍事政権が国家を掌握する一方、一部の上層部の腐敗政権が続いてきた。そのためというか、ギリシャ国民は国家を信頼できず、国家に税金を支払うことを拒否する傾向が他国民より強いといわれる。民主主義の発祥の地ギリシャの国民が彼らの利益を代表する国家をこれまで体験出来なかったことは悲劇だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。