愚かな外務官僚 またも韓国に外交敗戦

井本 省吾

どうして日本の外務官僚はこれほど愚かなのだろう。世界遺産登録をめぐって日本の佐藤ユネスコ大使は「多くの韓国人が”brought against their will”(意に反して連行され)、”forced to work”(強制的に働かされた)」と発言してしまった。

池田信夫氏が詳細に論じている通り、これではいくら日本政府が「強制労働」(forced labor)ではないと言い張ったったところで、韓国どころか世界の政府やマスコミは違いはない」と言うだろう。韓国政府は「しめた!」と思ったに違いない。

つまり、国際社会に「日本は多数の韓国人を強制労働としてこき使った」という認識が広がってしまう。日本政府が自ら、公式の場でそれを認める発言をししたせいで。

それだけではない。ご丁寧にもその公式発言を「理解させる」ために、「情報センターを作る」と約束してしまったのだ。

世界遺産登録した歴史的施設の入り口付近に「この施設は遺憾ながらかつて多数の韓国人を強制的に働かせていました」という解説を書いた案内版を設置することになるのかも知れない。
設置しなければ「約束が違う」と韓国政府が抗議するかも知れない。韓国政府に「強制」される形の「強制労働」ならぬ「強制情報提供」である。

安倍政権は「これで日本の産業の輝かしい世界遺産が登録できた。内外で賞賛され、観光地としても発展するだろう」などと悦に入っているかも知れない。だが、韓国側は、「この世界遺産は多数の韓国人の犠牲の上にできた血塗られた負の遺産なのだ」と世界に喧伝することだろう。

ひさしを貸して母屋をとられるとはこの事だ。韓国は日本の世界遺産登録を逆手にとって、反日外交の格好の材料として活用するわけだ。輝かしい歴史がおどろおどろしい遺産として扱われ、観光地どころではない。日本人も嫌がって目をそむけ、足を向けなくなる事態さえ来ないとは限らない。

私が先日、「日本は安易に韓国に妥協してはならない」とブログで釘を刺したのはこうした事態を恐れてのことだ。

そんな馬鹿なことにはならない、と外務省は思っているだろう。だから「世界遺産登録がうまくなされ、韓国との関係も改善されるならば」と軽い気持ちで、「多くの韓国人がforced to work(強制的に働かされた)」と発言してしまったのだ。

我々は「強制労働」(forced labor)とは認めていない、などと手前勝手の自己弁護を繰り返しながら。そんな言葉のわずかな違いを言い立てる「霞ヶ関文学」は日本の役所内のごく一部でしか通用しない。

これは河野談話の完全な二の舞である。「日本政府(日本軍)は慰安婦の強制連行はしていない。でも、本人の意に反した仕事ではあったし、施設運営や衛生管理が中心ではあるが、日本軍が慰安婦の管理に関与したことは確かだ。またごく一部(インドネシア)ではあったが、日本軍が連行したこともあった」という形で自分を納得させつつ、韓国との関係改善をしたいがために、「河野(官房長官)談話」を出してしまった。

慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、……甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。……いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である

これだけはっきり発言すれば、この英文を読んだ欧米の記者や歴史家に「だって、当時の官房長官が認めているじゃないか」に言われてもやむをえまい。当時の日本と朝鮮半島の事情にうとい海外の記者や歴史家が強制連行の微妙な違いがわかるはずがない。

実際、朝日新聞のキャンペーンもあって日本の悪辣な「慰安婦強制連行」説は世界に広がり、後になっていくら朝日新聞が強制連行を否定しても「日本軍の関与はあった」という形で日本の名誉は踏みつけられたままである。

米国などで歴史教科書にまで堂々と、それも著しく歪められ、誇張された形で掲載されている。それを日本の外務省が抗議すると、「言論弾圧だ!」などと、およそお門違いの逆ねじをくらう始末だ。

外務省は本当に愚昧である。同じ轍を何度も踏んでしまう。愚昧の遺伝子が省内にあるに違いない。

悪評さくさくの「歴史的事実」として今も誤解されている大正時代の対華二十一ヶ条要求も、同様の産物だった。

当時の米外交官ラルフ・タウンゼントが「暗黒大陸 中国の真実」(芙蓉書房出版)の中で、対華二十一ヶ条要求の背景を書いている。

日本側との交渉で中国側代表団は内容には実質的に満足していた。言い換えると、日本側の要求は当時の外交常識から言って、不当なものではなかった。だが、中国側は「内容はこれで結構だが、やむなく調印したという形にしてほしい」と望んだ。「国内向けに通りがいいので日本の『要求』に屈し、不承不承調印したという形にしてくれ」と言ったのである。そこで日本側は「それがいいのなら」と高圧的な態度に出るフリをした。

ところが、中国はこれを材料に「日本に脅迫され、やむなく調印した」と内外に喧伝した。これにアメリカがかみつき、「哀れな中国に、日本は苛酷な要求を突きつけた」という形で世界に悪評が広がったという。

中国への進出をもくろむ米国もうすうす事情を知りながら、日本の悪宣伝を増幅させたのかも知れない。
韓国の労働者問題も「少しだけでいいから、日本が強制したというニュアンスを入れた発言をしてほしい」と韓国の外交当局から頼まれたフシがある。河野談話の時と同じだ。

それで世界遺産登録が円滑に進み、日韓関係が好転すれば、と気軽に応じてしまう脇の甘さ。それが後世までたたり、日本の名誉と安全、さらに経済にまで大きく響くことをまったく予想できない愚鈍さ。

しかし、その外務省を活用しているのは安倍政権である。安倍首相も脇が甘かったと言わざるをえない。