櫻井よしこ氏が説く中国「新思考」外交の正体

櫻井よしこ氏が週刊新潮に長期連載しているコラム「日本ルネッサンス」の7月30日号を読むと、改めて世界制覇の野望実現に向けて粘り強く、根気良く突き進む中国の執念深さ、欲深さに驚異(脅威)を覚える。

櫻井氏の記事は、中央公論8月号に人民日報の元論説委員である馬立誠氏が「中日の和解なくして東アジアの安寧はない」という論文を寄稿したことから始まる。

馬氏と言えば、人民日報の論説委員として2002年ごろ、日本との関係改善を呼びかけた論文を発表し、「対日新思考」論者として話題になった。

論文は「日本の戦争謝罪はもはや十分であり、日本で再び軍国主義が復活する心配は無い。これからは経済で日本と競い合うべきだ」という趣旨で、中国国内の偏頗なナショナリズムや反日意識を批判した。日本の中央公論や文芸春秋にも「対日関係の新思考」を寄稿し、「日本はアジアの誇りである」とまで書いた。

論文は中国国民から猛烈に非難され、人民日報の論説委員を外されるまでになった。しかし、日本では中国の「新思考」を歓迎する論調がリベラル派のみならず保守派にも広がり、中国と対立するのではなく経済、技術面で協力して行こうというムードが強まった。

櫻井氏もこの論文に感動し、馬氏に取材する。だが、取材の過程で、櫻井氏は人民日報の論説委員の職を解かれながらも、「新思考」は江沢民主席(当時)の了承の下で書かれたと確信する。

それが何を意味するのか--。論文発表後も中国は軍拡を強める一方、対日歴史の捏造を続けて事ある毎に日本の歴史を非難し、日中関係は悪化した。その中で馬氏の「新思考」の役割は何だったのか? 

櫻井氏はこう分析する。

中国共産党は反日路線を走りながら、親日路線という異なる球を日本に投げ、日本がそこに希望を見出し譲歩すると、日本の譲歩を足がかりにして、さらに日本を追い込んだのではないか。……馬氏が公正な言論人であると認めるにしても、中国共産党政権は馬氏を使える駒のひとつと見ているのではないか

今回、10年余りの時を経て再び馬氏の論文が中央公論に登場したのも、同じ役割を担っているのではないか。

氏の(今回の)論文は、日本人の対中警戒心を解き、日本が謝罪し、許しを乞えば中国は応じ、和解をもたらすという希望的観測へと読者をいざなう

日本人よ、警戒せよ。櫻井氏はそう言いたいのである。中国では経済成長にブレーキがかかり、株価が急落する中で、日中関係の悪化と人件費の高騰から日本企業の対中投資は急ピッチで下降線をたどっている。

「甘い宥和姿勢に騙され再び警戒心を解いて、譲歩と対中協力を繰り返したらとんでもない目に逢うぞ」--。

櫻井氏は米国随一の中国通であるマイケル・ピルズベリー氏の著書「百年マラソン」を読んで、その思いを強める。

ピルズベリー氏は親中派(あるいは媚中派)として対中宥和政策を推進してきた。1990年代、中国の要人は時により、折りに触れ「このままでは中国は崩壊する」と率直に現状を吐露、中国への援助を訴えてきたからだ。当面の全体主義に目をつぶり、経済、軍事、金融、情報面で援助を続ければ、やがて中国は米国のような民主国家に向かうという幻想を与えられながら。

だが、その後の中国がやってきたのは米国を欺きながら、油断させ、米国の支援で着々と国力をつけ、軍事力を拡大したことだった。

ピルズベリー氏は「中国の目指しているのは2049年の中国共産党結党100周年までに米国にとって代わるという目標だった。自分は騙されていた」という苦い認識に至る。百年マラソンのタイトルはそこから来る。

戦前の米外交官ラルフ・タウンゼントが書いた「暗黒大陸 中国の真実」(芙蓉出版書房)を想い出させる。戦前も米国は中国の味方をして、日本の対中政策を厳しく非難し、圧力をかけた。中国人にキリスト教を布教しようとした宣教師が典型的で、中国に甘い幻想を抱き、中国人を持ち上げる一方、日本人をけなす動きが目立った。だが、実際の中国は暗黒大陸だったと、タウンゼントは書いている。

櫻井氏の結論はこうだ。

安倍外交はこの中国の正体を見て行わなければならない。にも拘わらず、外務省は東シナ海ガス田での中国による侵略的開発も伏せたまま、ひたすら日中関係の改善をはかろうとしている。外務省主導の外国に強い懸念を抱くのだ

同感である。