当方は7月26日、「英バーミンガム大学は、イスラム教の聖典コーランの世界最古の断片とみられる古文書が見つかったと発表した。放射線炭素年代測定によると、同古文書は95%以上の確率で西暦568年から645年の間の作成と判定された」と指摘し、「なぜ、このニュースが驚くべきかというと、発見された古文書がイスラム教の創設者ムハンマド(570年頃~632年)の同時代の人物による可能性が考えられるからだ。ひょっとしたら、『同記述者はムハンマドを個人的に知っていた人物かもしれない』(バーミンガム大のデビット・トーマス教授)というのだ」と書いた。
▲英バーミンガム大で発見された最古のコーランの断片(バチカン放送7月29日独語電子版から)
バチカン放送独語電子版(7月29日)には上記の続報が報じられていたが、読んで驚いた。英大学で発見されたコーランの断片がひょっとしたらムハンマドが生まれる前に記述された古文書の可能性が考えられるというのだ。すなわち、イスラム教創設者ムハンマドよりもコーランの原書が先に存在していた可能性が示唆されていたのだ。事実とすれば、センセーショナルだ。
バチカン放送によると、独ミュンスターで教鞭をとるイスラム教学者マルコ・シェーラー氏は独日刊紙フランクフルター・アルゲマイネに寄稿し、「これは仮説だが」と断ったうえで、「今回発見されたコーランの断片がムハンマド前に作成された古文書の可能性が考えられる。アラブの唯一神伝統に基づいて記述されたテキストが存在し、後日のコーランはそれを基に作成されたと考えられる」というのだ。もちろん、その仮説が裏付けられるためには、今回発見されたコーランの断片より古いコーランが見つかることが前提だ。
ただし、英バーミンガム大らが実施した放射線炭素年代測定で「西暦568年から645年の間」という測定結果が出ている。年代を「西暦568年」とすれば、ムハンマドの誕生より早いことになるから、「ムハマドが生まれる前にコーランが存在していた」というシェーラー氏の仮説は今回のバーミンガム大の発見で裏付けられた、ということもできる。
イスラム教の聖典コーランは神が最後の預言者ムハマドに託した啓示がまとめられたものといわれている。現在のコーランは第3正統カリフのウスマーン(在位644~656年)によってまとめられたもので、西暦650年頃といわれてきた。
ちなみに、独ベルリンで教鞭をとるイスラム教研究家の Angelika Neuwirth 女史は「コーランはユダヤ教、キリスト教の唯一神教の流れから生まれた聖典だ。コーランを通じてキリスト教を学ぶこともできる。コーランの研究には政治的意識と批判精神をもって取り組まなければならない」と提案し、コーランも欧州の歴史のアイデンティティーの一部であると主張している。
バーミンガム大で発見されたコーランの断片はこれまで発見された最古の断片と見られ、ひょっとしたらムハマドを生前知っていた記述者の手によるものではないか、といった推測が聞かれたが、シェーラー氏は一歩進めて、「ムハマドが生きていた時代より前のコーランの断片」という仮説を立てているわけだ。キリスト教の聖典「聖書」の場合、その記述者はほとんどがイエスの死後、西暦100年前後の人間だ。いずれにしても、、シェーラー氏の仮説は極めて衝撃的だ。バーミンガム大の女学生が偶然見つけたコーランの断片はイスラム教の聖典の成立について抜本的な見直しを強いるかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。