安倍首相の戦後70年談話の素案となる、有識者懇談会の報告書が発表された。マスコミの注目は例によって「侵略」が入って「おわび」が入らなかったことに集まっているが、全体としては妥当なところだろう。
意外だったのはーー政府文書としてはやむをえないがーー「国際協調」や「和解」が全面的に打ち出され、メインの筆者と思われる北岡伸一氏のリアリズムがあまり反映されていないことだ。
満州事変も侵略かどうかより、第1次大戦後の不戦条約による戦争の禁止という流れを関東軍がぶち壊し、力の均衡を破ったことが失敗だった。これに追随してナチスも国際連盟を脱退し、第2次大戦の引き金になった。
他方この報告書も強調するように、戦後の日本が国際協調の脅威になったことはない。むしろ最大の失敗は、冷戦期の力の均衡の変化に政治が(憲法に制約されて)対応できなかったことではないか。
憲法制定のころは、吉田茂のリアリズムと南原繁の理想主義にそれほど大きな距離はなかった。南原は「武装中立」で国連が国際紛争を管理する体制を考え、吉田も丸腰の憲法は、経済力の乏しい中で米軍基地に守ってもらうための方便と考えていた。
東アジアの情勢が安定すれば、国連中心体制に移行するはずだったが、中国で国民党が内戦に敗れて冷戦体制が強化され、国連は無力化した。蒋介石を中軸に考えていたアメリカの安保構想は崩れ、在日米軍基地が東アジアの力の均衡を支える変則的な状態が続いてきた。
報告書もいうように、これに対して70年代からアメリカが「日本も豊かになったのだから応分の負担をしてくれ」と求めるようになったことが、最近の安保法案に至る軍備強化の底流にある。
そんな情勢で、この報告書の提言する「歴史に関する理解を深める」ことに大した効果があるとは思われない。中韓の騒ぐ「歴史問題」は、彼らの政治的ポジションの表現だからである。
それより安倍首相の念願である憲法改正(第9条第2項の削除)を提案し、力の均衡にもとづく国際協調という戦後初期の理念に戻ってはどうだろうか。共産党まで自衛隊を認めるようになった現状で、それに反対する勢力は多くないだろう。
第9条というトゲさえ抜けば、「憲法違反」を唯一の争点とする神学論争は終わり、国民の安全を守るために何が必要かという本質的な議論ができるようになる。それが日本だけでなく、東アジアの平和にとっても最も重要である。