中国は、あす注目の「抗日戦争勝利70周年記念式典」を行なう。その規模も空前だが、それより注目されるのは習近平総書記が軍事パレードに初めて出席し、潘基文国連事務総長まで参加する国際的な大イベントになることだ。これは中央軍事委員会主席も兼ねた習近平の「大国宣言」だろう。
しかしこういう軍事大国路線を過大評価すべきではない、と著者はいう。中国の国防予算は日本をはるかに超えるが、アメリカの1/4で、質量ともに劣る。いま人民解放軍が(たとえば台湾で)軍事行動を起こしても、アメリカに勝てる可能性はない。それより重要なのは、こうしたパレードなどで軍事力を誇示し、アジアで実質的な支配権を広げることだ。
もう一つのねらいは習政権が盤石だと世界に示すことだろうが、その実態はかなり危うい。まだ習近平が全権を掌握した状態ではなく、江沢民一派が軍に強い影響力をもっている。こうした政敵を駆逐する粛清が「トラ退治」(幹部の腐敗摘発)で、そのターゲットは江沢民系の古い幹部だ。
これは他方では、政治的リスクもはらんでいる。反対派の抵抗はいまだに強く、特に末端の「ハエ退治」までは手が回らないので、地方では腐敗が横行し、民衆の怒りは強い。都市と農村の所得格差も3倍以上で、農村部の格差と貧困は依然として深刻だ。
かつては年間10%近い成長率がこうした不満を抑えていたが、昨年はゼロ成長に近いと推定されている。リーマンショックのあと大盤振る舞いした4兆元の財政支出が不良債権になり、不動産市場はピークアウトし、株式市場でもバブルが崩壊した。
日本からみて心配なのは、こうした経済不安が政情不安をまねき、尖閣のような軍事衝突がまた起こるのではないかということだが、著者は中国大使などを歴任した経験から、当面その心配は少ないという。共産党は毛沢東以来、軍を徹底的に掌握しており、民主化運動も強く抑え込んでいるからだ。
鄧小平は植民地支配ではなく改革・開放によって貿易自由主義の利益を得る方針を確立し、朱鎔基がWTO加盟を実現したので、中国が経済的孤立をまねく戦争に打って出るメリットはない。習近平は経済的には「右派」である。
しかし政治的には「左派」だ。問題は習近平のいう「中国の伝統にもとづく特色ある社会主義」なるものに中身がなく、自由民主主義に対抗できる「ソフトパワー」をもちえないことだ。中国はいまだに一党独裁の社会主義だけは(派閥を問わず)守ろうとしているが、これが今後ずっと守れるとは思えない。
全体として本書は、当面の政治的リスクについては楽観的だが、長期的には楽観できない。労働人口は2011年から減少に転じ、経済が大きく悪化すると党が分裂する可能性もある。朝鮮半島の「有事」への介入もありうる。日本は自由貿易などで中国と相互依存関係を深める一方で、こうしたカントリーリスクにも備える必要があろう。