韓国大手日刊紙「朝鮮日報」日本語電子版(9月1日)で、「安保法制反対12万人デモ、ひるまない安倍首相」というタイトルのコラムを読んで、どのようにして数字が事実として定着していくかを目のあたりに目撃した思いとなった。
「南京30万人虐殺」事件、「従軍慰安婦20万人」、そして今度は国会議事堂前の集団的自衛権のための安保関連法案反対(反安保法案)デモ12万人となる。南京30万人虐殺説は歴史学者によってその真偽が久しく問われてきた。慰安婦20万人説は根拠のない反日プロパガンダに過ぎないことが分かっている。
それでは、反安保法案デモはどうだろうか。12万人説は主催者側の発表だ。朝鮮日報記者はその主催者側の発表を単に信じただけだろうか。むしろ無意識にというより恣意的な判断が働いたとみてほぼ間違いないのではないか。警察側は3万3000人と発表していた。同紙記者は警察側発表には何も言及していないのだ。
なぜならば、韓国はメディアを含め日本の安保関連法案には反対、ないしは警戒してきたからだ。日本の野党勢力と同じ立場だ。安倍政権が早期発効を目指す安保関連法案を廃案したいという思いが強いため、反安保法案デモ参加者は多いほど読者に説得力が出てくると考えても不思議ではない。
実際、朝鮮日報記者は「最も驚いたのは『12万』という数字そのものだ。日本は政治に無関心な人が多い社会だ。どんなに大きな問題が起こっても、数千人が集まるのは考えられない国だ」とわざわざ解説し、今回の反安保法案デモが如何に大規模だったかを強調している。
ちなみに、安保法案を支持する産経新聞は主催者側発表の「12万人説」に疑問を呈している。同紙が実施した独自の計算によると、先月30日のデモ参加者数は約3万2400人に過ぎない。「12万人」と「3万2400人」のデモでは単なる数字の違いではなく、記事の読者へのアピール力に雲泥の差が出てくるだろう。
当方は東欧記者時代、デモ参加者数について、いい経験をした。このコラム欄でも紹介済みだが、あえてもう一度説明する。
ハンガリーの首都ブタペストの英雄広場でルーマニア政府の少数派政策反対デモが開かれた。デモ隊は英雄広場からルーマニア大使館まで抗議行進をした。当方も一緒に歩いた。当方は「デモ参加者数をいくらにするかだな」と考えていた。主催者側の発表などない。
当方の前にAP通信とロイター通信の記者が歩いていた。1人が「君は参加数をどうする」と聞いていた。3万人か5万人が出てきたが、「5万人デモにするか」ということで両通信社記者は一致した。当方は1万人ぐらいだろうと見ていたから、驚いた。
「1万人デモ」と「5万人デモ」では数字の違いだけではない。記事の迫力が違ってくる。国際社会は世界の通信社から流れてきたブタペスト5万人デモを読み、ハンガリー国民はルーマニアの少数政策に怒っているといった印象を受けただろう。そして、5万人デモは時間の経過と共に歴史の中で定着していった。
同じように、日韓メディアの間で、「8月30日、国会議事堂前の反安保デモ集会の参加者数は12万人」が定着していくだろう。時間が経過すれば、その数字を検証する人はいなくなり、誰もその数字に異議を唱える人は出てこなくなるからだ。そして「2015年8月30日、国会議事堂前で12万人の国民が集団的自衛権のための安保関連法案に反対するデモに参加した」と歴史書の中で記述されているのを後日発見するかもしれない。
読者の皆さんにはもう一度、考えてみてほしい。「12万人デモ」と「3万2000人デモ」の違いは何かを。「重要なことは安保法案が採択されるかどうかだ。デモ参加者数など問題ではない」と主張し、デモ参加者数の真偽は枝葉末節な問題だという人もいる。そのような人には「歴史書に登場する数字がどのようなプロセスを経て定着していくかを冷静に考えてほしい」と言わざるを得ないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年9月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。