移民対策が示すEUの「本当の実力」 --- 長谷川 良

北アフリカ・中東諸国などから移民・難民が海路と陸路を通じて欧州に殺到中だ。それに対し、難民を受け入れる側の欧州では移民対策で足並みがそろわず、苦慮している。

ダブリン条約では、「難民が初めて土を踏んだ欧州の条約加盟国が責任をもって難民審査を実施する」となっているが、実際は同条約は加盟国で無視されてきている。具体的には、シェンゲン協定の域外国境線に位置するイタリア、ギリシャ、ハンガリーでは殺到する移民や難民の登録が実施されず、他の欧州諸国に彼らを送り出しているのだ。

ハンガリーでは先月31日、ブタペストで西側行きの国際列車を待機していた数百人の難民が列車に乗り込み、オーストリアに入国、その大部分はさらにミュンヘンまで行った。難民の群れがミュンヘンに殺到したドイツ側からは、「オーストリアはダブリン条約を無視して、移民を登録せずに欧州域内に送り込んだ」という批判が飛び出した。それに対し、オーストリアのミクルライトナー内相は、「ハンガリーが登録を完了していない難民をわが国に送り込んできたのだ」と説明、ハンガリー政府の移民政策を非難する、といった具合だ。

ギリシャではトルコ経由で入国した難民を収容することも登録することもできず、彼らを列車でマケドニア、ブルガリア、セルビア経由でハンガリーに送り込んでいる。セルビア側は、「ギリシャは欧州連合(EU)加盟国だ。移民の登録をせずに非EU加盟国に送り込むことは許されない」と激怒。移民たちに列車の無料チケットを手渡し、ハンガリーに送り込んでいる。そこでハンガリー側は有刺鉄線を設置し、4メートルの高さのフェンスを設置しだしたというわけだ。

要するに、欧州諸国は移民・難民対策では統一どころか、それぞれが自国の政策を実施し、統一政策がとれていないわけだ。オーストリア日刊紙プレッセは2日、「なぜEUには統一の難民政策が存在しないか」というタイトルで特集していた。同紙は28カ国を「移民・難民通過国」、「移民・難民の目的国」、そして「移民・難民ボイコット国」に分け、その事情を紹介している。

通過国としては、域外国境線に位置するハンガリー、ギリシャ、イタリアの3国が挙がっている。金融危機で財政窮乏のギリシャでは移民・難民の収容状況は「カタストロフィー」と欧州司法裁判所から指摘される始末だ。ランぺドゥーザ島に北アフリカ・中東から大量の難民がボートや小型船で殺到するイタリアでは「わが国はブリュッセルから見捨てられてしまった」と他の欧州諸国の支援がないことを嘆いているほどだ。

「目的国」としてはドイツ、オーストリア、スウェ―デンの3国だ。その中でも最大の目的国ドイツのメルケル首相は他の欧州諸国に「公平な移民配分」を要求している。同首相はシリア難民に対しては、「基本的には難民申請を受け入れる用意がある」ことを明らかにしている。通過国は欧州の移民申請所の設置案には懐疑な反応を示している。そして「ボイコット国」は英国、チェコ、スロバキア、ポーランドの東欧諸国だ。彼らは殺到する移民・難民問題には冷たい反応を示している。キャメロン英首相は、「移民・難民の公平な配分」要求にも関心を示さず、不法移民対策に乗り出している。

プレッセ紙は2日社説で、「28カ国の加盟国、5億人の人口を有するEUが紛争地から逃げてきた難民を収容し、支援するためにオーガナイズできないとすれば、EUの独自外交・安保政策などは考えられないし、世界の政治に大きな役割を果たすなどは夢のまた夢だ」と指摘している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年9月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。