誰がシリアを最も愛しているのか --- 長谷川 良

「国家」であるためには、主権、国民、国土の3要素が不可欠だが、内戦5年目に入ったシリアは国家としてこの3条件を依然満たしているだろうか。

内戦後、約25万人の国民が犠牲となり、約400万人が国外に難民として彷徨い、国内にも同数以上の域内難民がいる。国内はアサド政府軍と複数の反政府軍が対立し、イスラム教スンニ派過激派テロ組織「イスラム国」が暗躍している。主権も国民も、そして国土も危機に瀕しているのだ。

ロシアのプーチン大統領はシリア内戦を解決するためにはアサド政権を支持すべきだという立場を取り、ここにきて軍事支援を拡大している。一方、米国はシリアの和平実現の前提条件としてアサド大統領の退陣、反政府民主勢力グループによる統一政権の構築を考えている。ニューヨーク国連本部で先月28日開催されたオバマ米大統領とプーチン大統領の米ロ首脳会談ではシリアの和平交渉が焦点だったが、両首脳の立場には歩み寄りがなかったという。

アサド大統領は内戦勃発当初から反政府グループをテロ組織と批判し、反政府勢力との対話を拒否してきた。しかし、政府軍と反政府グループの武装闘争は多くの国民を犠牲にし、人口約2200万人あったシリアは今日、域内難民を含めれば半分が故郷を失っている。「イスラム国」が侵攻し、領土も失ってきた。国内は廃墟になっている。シリアから逃げてきた難民は「もはや帰る場所がない」と嘆く。

当方は数年前、パリ郊外で開催された中東女性指導者たちの会合を取材したことがある。その時、一人の弁護士のシリア女性が、「私の愛するシリアを助けてほしい」と涙声で訴えていたのを思い出す。「シリアが消える」という訴えは既に現実となってきている。

人工衛星が撮影したシリアの夜間写真がメディアに紹介されたことがあるが、内戦前の明かりの83%が消え、闇の中だ。反政府勢力が政府軍と激しい戦闘を繰り返したアレッポ市や東部では明りの97%が消えている。過去4年間の内戦でシリアのインフラが完全に破壊されてしまったことが分かる。文字通り、シリアは闇の中に消えている。

ある宗教指導者が「米国は誰のものか」と聞いたことがある。様々な答えが出たが、彼は「米国は米国を最も愛する者のものだ」と答えたという。少々、観念的過ぎるが、国、民族を愛さない指導者に国を委ねることは、その国と国民にとって不幸であることは間違いないだろう。

シリア情勢を考えてみたい。アサド大統領を支持するロシアは同大統領以上にシリアを愛し、国民を愛しているとは思えない。失った中東諸国への影響力を回復し、ひいては国際制裁の束縛から解放されたいと願っているのではないか。

米国はどうか。オバマ政権には初めから一貫した対シリア戦略がなかった。チュニジアで発生したアラブの民主化運動(通称・アラブの春)は2011年3月、シリアのダマスカスにも波及し、アサド独裁政権の打倒、自由と民主化を要求した時、オバマ政権はシリアの民主化運動を支持したが、その反政府勢力の中にイスラム過激派グループが関与してきたことが判明すると、反政府勢力支援も消極的になった。明確な点は、ロシアより米国がシリアの運命を懸念しているとは残念ながら感じないことだ。

それでは誰がシリアを最も愛しているのだろうか。アサド大統領はどうか。反政府勢力に対してとはいえ、神経ガス兵器の使用を躊躇しないアサド大統領にシリアへの愛を感じることはできない。権力維持に腐心する終末期を迎えた独裁者に過ぎないのではないか。

国際紛争の調停役を憲章に明記した国連は米ロの国益に拘束され、和平調停の動きは縛られている。それでは誰がシリアを救えるのか。シリアを愛し、その文化を誇る国民の多くはもはや国内にいないのだ。

シリアよ、あなたは地図上から消えようとしている。パウロが復活したイエスと会ったダマスカスへの道はどうなっているのだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年10月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。