(編集部より)選挙ドットコムの人気連載「小池みきの下から選挙入門」からの転載です。
「絶対不利と言われたあなたを、当選させたのは僕ですよ!」
「ん~。でもあの選挙の勝因は、やっぱり私の涙よ♩」
──『CHANGE』第六話「恋愛スキャンダル」より
「僕は、アメリカの選挙を見て感動したんですよ。日本の暗いイメージとは全然違って、ものすごく明るかった。そしてみんな自発的(ボランティア)に選挙運動に参加している。だから日本の選挙のイメージを変えたいと思ったんです。」
そう言うのは、日本で最初に「選挙プランナー」の肩書きを使い始め、数多の選挙で立候補者を勝利に導いてきた三浦博史氏である。
【三浦氏】
「まだ議員秘書だった三十代の終わりに、国務省の招聘でアメリカの政治や選挙事情を視察するため渡米しました。1988年のことです。そしてこの年に行われていたアメリカ大統領選挙の中で、アメリカの民主・共和両党の、数多くの一流選挙コンサルタントや政治家に会うことができた。映像の神様といわれたトニー・シュワルツ氏(米国世論に多大な影響を与えたジョンソン大統領のテレビCM「デイジー」のプロデューサー)や、ディック・モリス氏(選挙コンサルタント・ネガティブキャンペーンの第一人者)とも食事をしながらいろいろな話を聴くことができ、興奮したものです。」
1988年の大統領選挙は、民主党の候補マイケル・デュカキスと、共和党のジョージ・H・W・ブッシュとの苛烈な戦いで有名である。ブッシュ陣営は、テレビコマーシャルを駆使した猛烈なネガティブキャンペーンを繰り広げて勝利を収めた。……というのはもちろん教えてもらった話であり、87年生まれの私の記憶にはない。
【三浦氏】
「アメリカの選挙は日本とは全然違う。まず、選挙に関わる法律も全く異なるため、選挙運動にかけるお金の額も、演出の派手さも良い意味でケタ違いなんです。選挙が近くなると、まさに街は選挙祭り状態になって、市民もすごく盛り上がるしね。日本みたいに、強制的に動員されている感じは微塵もありませんでしたね。」
【小池】
「確かに、アメリカの大統領選挙とかって、ワーッてにぎやかな感じですよね。日本の選挙だと、立候補者が必死だとか、泣いてるとかそういうことばかり印象に残るような……」
【三浦氏】
「まあそれもアナウンス効果のためには必要なんですけどね」
【小池】
「アナウンス効果?」
【三浦氏】
「そう。選挙でいうところの、一種の世論誘導効果のことです。二種類あるんです。簡単に説明すると、たとえば選挙で小池候補と三浦候補の一騎打ちになるとするでしょう。『三浦が圧倒的に勝ちそうだ』という噂が立ち始めると、『(自分の一票を無駄にしないために)俺も三浦に入れよう』と勝ち馬に乗りたがる人が出てくる。これがバンドワゴン効果。それなら優勢を強調していれば安泰かというとそうでもないんです。負けそうな小池さんが街頭演説で涙ながらに、『私、この選挙で負けたら政治家を引退します』と訴える。そうすると、『かわいそうじゃない。それなら自分の一票は小池に入れてあげよう』と、同情で票を入れる人が出てくる。特に女性の涙は強いですよ(笑)。これをアンダードッグ(負け犬)効果といいます。歌舞伎でいう“判官贔屓”だね。どっちに流れやすいかっていうのは、そのときの色んな要素が関係してくるから一概には言えないんだけれども、こういう効果を狙って、各陣営がPR合戦を繰り広げるわけです」
日本人は「かわいそう」な方に肩入れしやすい、というのはよく聞く説だ。大石内蔵助しかり新撰組しかり、歴史上の“敗北”者側にロマンチックな物語を託す例も多い。明るく余裕な雰囲気で戦うよりも、辛く大変な想いをしている方がカッコイイ、とどこかで思ってしまう人が多いのかもしれない。
【三浦】
「公選法は「戸別訪問の禁止」のように、世界に類を見ないほど厳しい。でも一方で公選法を完全に無視する選挙ブローカーの類い(前回の記事参照)の怪しい連中が、選挙プロの顔をして、さらには裏で大金が飛び交っている……。そういう日本の選挙の悪い一面も見てきたので、アメリカの選挙キャンペーンを見たとき、まるで大都会にやってきた田舎の人のように、純粋に感動を覚えたんです。そして、当時アメリカ民主党の選挙コンサルタントの第一人者だったトム・ヒュージャー氏に、素直に『驚いた! 感動した!』と話したんです。」
すると、米国の選挙で勝率一位を誇るカリスマ選挙コンサルタント、トム・ヒュージャー氏はこう言ったという。
「Mr.ミウラ。それなら君が日本初の、選挙専門のコンサルティング会社を作ればいい」
これが、三浦氏が日本で選挙プランナーとして独立するきっかけになった。
【三浦氏】
「選挙プランナーという肩書について、当時は『選挙コンサルタント』とか『選挙請合業』『選挙プロ』といった呼称しかなくてね。別にそれでも間違ってはいないと思うんだけど、当時はもっと斬新なイメージを大切にしたかったんです。お金をふんだくるブローカー的なイメージとは一線を画したかった。そこで自分なりに色々研究して、『選挙プランナー』という呼称を考えついたわけ。アメリカでは、正確には『選挙PRストラテジスト』になるんだろうけど、日本語だと言いづらいからね。」
アメリカでは、“選挙コンサルタント”といえば、社会的地位も高く、かなり尊敬されている仕事なのだという。数百人規模の選挙コンサルタントが、しのぎを削り合っているから新陳代謝も早い。一流の選挙コンサルタントの場合、ワシントンD.C.では50代で引退し、大企業やハリウッドのプロデューサー、大統領補佐官など華々しい職に移るのが基本で、中にはアメリカを飛び出し、世界各国の大統領選挙等に携わっているケースも多いという。
【三浦氏】
「日本に戻ってから、まずは映像を駆使した選挙運動にいち早く取り組みました。徹底したイメージ戦略、公選法の遵守。そして、従前の怪文書とは異なる本格的なネガティブキャンペーンも導入し、僕の選挙プランナーとしての第一歩がスタートしたんです。」
そしてその腕前は、今までの圧倒的勝率が証明している通り。……しかしそれだけの知見があるのなら、自分が政治家になってもよかったのでは? 議員秘書だったんだし。そう聞くと、三浦氏はあっさりと首を振った。
【三浦氏】
「選挙では、よく『籠に乗る人、担ぐ人。さらに、そのわらじを作る人』と言いますが、僕は、その中の『わらじ屋』として誇りを持っています。各々の選挙戦に相応しい、わらじ作りのプロが必要だと考えていたんで、籠に乗ろうとは思いませんでした。僕が議員秘書になった理由も、仕えた代議士が、本当に素晴らしい方だったから。それだけです」
三浦氏が秘書として仕えた唯一の人物。それが、故・椎名素夫衆議院議員である。
小池みき:ライター・漫画家
1987年生まれ。郷土史本編集、金融会社勤めなどを経てフリー。書籍制作を中心に、文筆とマンガの両方で活動中。手がけた書籍に『百合のリアル』(牧村朝子著)、『萌えを立体に!』(ミカタン著)など。著書としては、エッセイコミック『同居人の美少女がレズビアンだった件。』がある。名前の通りのラーメン好き。
編集部より:この記事は、選挙ドットコム 2015年9月24日の記事『選挙は「かわいそう」な方が勝てる!?(小池みきの下から選挙入門)』を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は選挙ドットコムをご覧ください。