ドイツのユダヤ中央評議会ジョセフ・シュスター会長は殺到する難民・移民がほとんどシリアやイラクなどアラブ諸国出身者であり、イスラム教徒であることから、「彼らは祖国では反ユダヤ民族の教育を受けてきたはずだ。『彼らが欧州に定着すれば、欧州にアラブ出身の反ユダヤ主義が台頭する恐れが出てくる』という懸念をメルケル首相に伝達した」という(独ヴェルト日曜版)。同会長はまた、「アラブ諸国の国民はイスラエルを敵視する教育を受けて育ってきた。だから、彼らは欧州の価値観の教育を受けるべきだ」と述べ、難民・移民の統合政策の重要性を強調している。
▲ドイツ行きの列車を待つ難民家庭(ウィーン西駅構内で、2015年9月15日撮影)
欧州に住むユダヤ人たちは過去、極右派勢力やネオナチ・グループの反ユダヤ主義の台頭に警告を発してきた。パリで今年1月、ユダヤ系商店がイスラム過激派テロリストの襲撃を受けたばかりだ。フランスではここ数年、多数のユダヤ人家庭がイスラエルに移住している。シナゴークやユダヤ系施設への襲撃が絶えない中、生命の危険を感じて移住していったわけだ。昨年1年間だけでもその数は約7000人だ。パリの反テロ国民大行進に参加したイスラエルのネタニヤフ首相は当時、フランス居住のユダヤ人にイスラエルへの移住を歓迎すると述べたほどだ。
アラブ諸国からの難民殺到に対して、ユダヤ教徒たちが抱く懸念は決して根拠のないものではない。難民の殺到は既にキリスト教社会の欧州各地でイスラム教徒の増加とそれに伴う社会のイスラム化を恐れる声が聞かれる。
ハンガリーのオルバン首相は同国が難民を拒む理由について、「欧州のキリスト社会は弱さを抱えている。少子化であり、家庭は崩壊し、離婚が多い。一方、イスラム教徒は家庭を重視し、子供も多い。人口学的にみて、時間の経過と共にイスラム教徒が社会の過半数を占めることは避けられないだろう。その上、欧州に移住したイスラム教徒にキリスト教社会への統合は期待できないことだ。メルケル独首相自身も『多文化社会は失敗した』と告白しているほどだ」と説明している(「なぜハンガリーは難民を拒むか」2015年9月20日参考)。
欧州のキリスト教社会では、オーストリアのローマ・カトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿が述べているように、「宗派の違いは問題ではない。神の前にはすべて兄弟姉妹だ」という考えが強い。
しかし、その結果、キリスト教の寛容と愛の温床のなかでイスラム教徒が増えていく一方、世俗化社会に生きるキリスト信者たちの教会脱会は止まらない。数十年後、現在の状況に変化がない限り、欧州各地でイスラム教徒の大統領、政権が誕生しても不思議ではないわけだ。
ドイツのカール・レ―マン枢機卿は、「殺到する難民への支援にも限界が出てくる」と呟いている。同じように、ガウク独大統領は4日、「われわれは難民を支援したい。その心情は無限だが、実際の支援(収容など)には限界がある」と吐露している。寛容と連帯を標榜してきたキリスト教社会にも“疲れ”が見えだしてきたわけだ。そして欧州の少数宗派ユダヤ教徒の間でもイスラム系難民の殺到に懸念の声が出てきたのだ。
欧州は冬を間近に控え、難民・移民対策で大きな分岐点を迎えている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年10月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。