葛西敬之氏の姿勢でユネスコに抗議せよ

10月1日から日本経済新聞に葛西敬之JR東海名誉会長の「私の履歴書」が掲載されている。国労、動労という労組と対決し、スジを通した硬骨漢であることはつとに知られているが、その様子が13-15日付に載っている。引き込まれるように読んだ。

注目は最大の「激戦地」東北での妥協を許さぬ対決ぶりである。1979年、国鉄仙台局総務部長となった葛西氏は、労組に都合が良い不条理な悪慣行を廃棄すると労組に通告する。

例えば、アルバイトで済む風呂焚きのために専従の職員1名が配置されていたが、こうした無駄遣いやサボリが局内で横行していた。

現場だけで結んだ協定による悪慣行は、現場長や助役を大勢で取り囲んで威嚇し、強引に認めさせたものだ。法的な効果などない。そこで私はその一つ一つを数え上げ、「あしたからないものとする」と通告した。組合側は「労使が話し合って決めたものを一方的に破棄するつもりか」と激しく反発した。
 今まで通り強い態度で押せば、会社側は折れる。組合はそう思っていたのかもしれない。だが私は妥協するつもりなどない。「破棄ではない。はじめから無効なんだ」と蹴飛ばした。

理屈は自分にあったとしても、日本の企業風土でこれだけ強気に出ることのできるサラリーマンは稀である。労組は対抗手段を繰り出してくるからだ。

あちこちで起きる反乱を鎮圧して回る日々が始まった。「正当に働くように」と指示すると、組合員が「そのような命令には従わない」と無断欠勤したり、仕事をさぼったりする。

だが、葛西氏は屈しない。「働いていない分は支払わない」と、片っ端から賃金をカットしていった。賃金カットの山が築かれた。

もともと先鋭的な活動家は一握りしかいない。賃金をカットされれば生活にも響くはずだ。組合員の間には動揺が広がっていった。

この動揺を引き出し、不合理な行動を止めさえることが葛西氏の狙いである。だが、「敵」は正面の労組だけではない。自分の上司、本社にもある。その懐柔策に抵抗できる中間管理職は少ない。 

妥協しない私のやり方に……困惑したのが、国鉄本社の職員局だった。「悪慣行とはいっても労使で決めたことだから、やめるならちゃんと手続きを踏むべきだ」と忠告してきた。

「組合と事を構えず穏便に、自分が担当している間は波風を立てないでくれ」という、大組織にありがちな事なかれ主義が葛西氏に圧力をかけてきたのだ。

自分もサラリーマンの身、うまく泳いで、任期をやりすごす手もあったかもしれない。だが、そうは行かない。自分についてきてくれているまじめな部下が葛西氏の一挙手一動をじっと見ているからだ。「この男もこれまでのキャリア組と同様、結局は事なかれ主義で、保身を図るのではないか」という疑惑の目で。

国鉄のキャリア組である私たちが筋の通らない組合の要求に屈したり、水面下で労組幹部と手を握ったりしてきた結果が、いまの現場の惨状なのだ。……「正式な協定にもとづくものなら尊重します。でも私が問題にしているのは現場の管理者が脅され、無理やり決めさせられた慣行。紙くず以下のものです」。本社にはこう説明し、従わなかった。

「いよー、大将、やるねぇ」と声をかけたくなる場面だ。
 
スジを通す葛西氏の態度に、それまでキャリア組に不信感を持っていた部下たちがついてきた。現場にいる良識的な組合員たちも葛西氏の姿勢を評価してきた。

仙台鉄道管理局での勤務は、私の鉄道人生のターニングポイントになった。……この姿勢を貫くことで、私は自立した。

そのエネルギーが国鉄の分割民営化につながって行く。改革とはこれである。対決のない姿勢で改革はできない。

その目から、「南京大虐殺」という誇大、誇張した記録が世界記憶遺産として登録されたことに対して、どう対処するか、を考えてみたい。

1937年の南京事件に関して中国側が提出した史料を、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が記憶遺産に登録したが、登録に反対していた日本政府では、菅義偉官房長官がユネスコへの資金面の貢献を見直す可能性を表明、自民党は部会などで分担金の支払い停止を求める決議を採択した。

資金協力のカットは、ちゃんと働いていない労組職員の賃金をカットした葛西氏の姿勢に共通する。
だが、多くのメディア、識者はこれに異論を唱えている。「穏便に」と事無かれ主義で臨む国鉄幹部と類似する。葛西氏の「私の履歴書」を掲載している日経新聞の社説「ユネスコへの対応は冷静に」(16日付)は典型的だ。
 

記憶遺産には関係国が意見を述べて議論する場がなく、専門家らによる非公開の検討などに委ねられている。こうした手続きは透明性を欠くと批判する日本政府の立場には一理あろう。
 制度に改善の余地があるなら、あるべき姿に変えていく努力は必要だ。だからといって、資金負担の見直しをちらつかせて主張を通そうとすれば、国際社会の理解を得ることはできないだろう。……
 ユネスコの最大の資金分担国である米国は現在、パレスチナの加盟に反発して支払いを停止している。日本はそうしたやり方にならうのでなく、前向きな提案でユネスコの遺産事業の強化に力を注ぐべきではないか。

米国のやり方こそ効果を持つのだ、ということを、この社説はわかっていない。賃金カットしなければ労組員は不合理な姿勢を改めず、ユネスコの「専門家」はまともに日本政府の意見など聞こうとはしないのだ。

宮崎正弘氏のブログによると、「ユネスコのボゴバ事務局長はブルガリア共産党員を父にもつ、生粋の共産主義者。9月3日の北京の軍事パレードにも参加しているうえ、次期国連事務総長の座を狙う野心家」だという。

ユネスコへの拠金停止という対抗手段を講じなければ、日本政府の言い分を聞くはずがない。共産革命をめざす労組が葛西氏などの説得に耳を貸さないように。

日経社説は「(分担金停止は)日本政府が南京事件そのものを否定しようとしているとの印象を世界に与え、結果として中国に歴史に絡めた宣伝の材料を提供することになるおそれもある」などという。だが、南京事件の真相はどうだったのか、この際、徹底的に議論し、日本の言い分の正しさを世界に広めるチャンスだと考えるべきだろう。

外務省はじめ日本政府は、そして日経も含む多くのメディアもその努力を怠ってきた。

歪曲した史実を改め歴史の真実を伝えること。それは政府の、マスコミの使命である。葛西氏が不条理な労組活動を認めず、職場の正常化に努めたように。

井本 省吾