日本が攻めどころで負けているTPP「大筋合意」 --- 玉木 雄一郎

前回のエントリで、農産物について「守るべきものが守られていない」ことの問題を指摘したが、もし、こうした農産物の犠牲の上に大きな成果を得ているのであれば、百歩譲って納得できる気もする。


※TPP「大筋合意」も、日本車への米国内関税撤廃に25年かかる

しかし今回のTPPでの致命的な問題は「攻めるべきもの」を攻めることさえできていないことだ。

「攻めるべきもの」その典型は「自動車」である。しかし、今回の合意内容を見ると、肝心の自動車で全く成果が得られていない。

政府の担当者にTPPの成果は何かと聞いたら、自動車部品の関税撤廃とカナダ向け自動車の関税撤廃をあげた。しかし、日本車に対するアメリカの関税撤廃については触れなかった。

それもそのはず、日本車(passenger cars)に対してアメリカが課している関税2.5%については、最低25年の長い時間をかけて撤廃することになった。しかも、最初の14年間は現在の2.5%がそのまま維持される。関税撤廃のメリットが実際に出てくるのは15年目以降であり、今回の合意は完成車の輸出にはほとんどプラスの影響はないわけだ。

また、トヨタのランドクルーザーなどアメリカで人気のある軽トラック(light trucks)という分類の車に課せらる25%という高率の関税については、30年間にわたって維持されることになった。しかも段階的な削減は一切なく、30年目にはじめて関税が撤廃される。遠い先の話だ。

さらに、日本車の輸出にマイナスの影響さえ生じさせかねない合意がなされている。いわゆる原産地規制(ROO、Rule of Origin)である。

関税ゼロの適用を受けるためには、TPP域内国で生産された部品の比率がある一定以上なければならないとのルールがROOであるが、この域内生産比率について55%とすることが決まった。

しかし、現在の日本車のTPP域内生産比率は約40%程度と言われているため、今のままでは日本車はそのメリットを全く受けられない。基準を満たすためには、TPPに入っていない中国や韓国の部品ではなく、アメリカやメキシコの部品に振り替えなくてはならない可能性もある。

本来、日本が最大のメリットを得なければならない自動車の輸出について、むしろ不利になるなら一体なんのためのTPPなのか。

さらに、貿易以外の分野においても、例えば、著作権の非親告罪化などが決まった。アニメ文化の輸出などにもマイナスの影響を与える可能性があるのに、国内での十分な議論が行われずに合意された。

徹底した秘密交渉ゆえに、いまだ不明な点も多い。

「TPPは、私たちの生活を豊かにしてくれます。」私も総理のこの言葉を信じたい。中小企業がものを売れるようになる?それなら是非そのことについても含め、今回の合意内容について全ての情報公開をすぐに進めてほしい。

そのためにも、速やかに国会を開催し国民に丁寧に説明してほしい。

丁寧に、だ。

合意内容がどのような影響を日本経済に与えるのか、かつて政府が使っていた経済モデル(GTAPモデル)による「10年で約3.2兆円」という試算は、私の見る限りかなり小さくなっている可能性が高い。

そして前回のエントリで書いた「農業・農村所得倍増計画」との整合性についてもきちんと伺いたい。

しかし、安倍総理は臨時国会を開かない方針だという。

時間がたてば、国民は黙る。批判は消える。あきらめる。そう思っているのだろうか。本当にそんなやり方でいいのか。

もしも、丁寧な情報開示の結果、納得すべきところがあれば、私ももちろん敬意を表するし、日本のためになる政策であるならどんどん進めてほしいと思っている。

しかし、おかしいと思う点があればきちんと議論し合い、少しでも軌道修正していくこと。地味だけれども、私はそれをあきらめたくない。

これは国の形がゆっくりと変わっていく話なのです。

どうか丁寧にやりましょう。


編集部より:この記事は、衆議院議員・玉木雄一郎氏の公式ブログ 2015年10月19日の記事「TPP「大筋合意」~日本は攻めるべきところで、なぜそんなに負けるのか?」を転載させていただきました(見出しと一部写真はアゴラ編集部で編集)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はたまき雄一郎ブログをご覧ください。