石井孝明
経済ジャーナリスト
原子力規制委員会の有識者会合は7月17日、北陸電力志賀原子力発電所(石川県)の1号機原子炉建屋直下を走る破砕帯について、活断層の疑いを否定できないとする評価書案をまとめた。この評価により同原発の当面の稼動は難しくなった。規制委の問題行動がまた繰り返されている。
写真1 北陸電志賀原発
対立する両者の主張
10月に筆者は志賀原発を訪問した。同原発は、アイボリーホワイトと群青色で包まれ、森に覆われた、美しい景観だった。群青色は旧加賀藩で賓客用の「もてなしの色」とされている。周辺環境に配慮したデザインで、同じく青と白を使うイスラム教のモスクのようだ。発電所では珍しく1995年の「グッドデザイン賞」を獲得している。
志賀原発1号機は出力54万キロワット(kW)で1993年の運転開始、2号機は2006年の運転開始で出力135万kW、最新型の改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)で比較的新しい。
原発の建設費は2基で約7000億円の巨額だ。動かねば北陸電の経営を圧迫する。また関西電、中部電にも電力を供給しているため西日本の電力需給を狂わせるだろう。おそらく仮に安全性に問題があっても、その稼働の長期停止の改廃は慎重に対応するべきであろう。経済的な影響が大きすぎる。
2007年の能登半島沖地震(最大震度6強)では、発電所は約290ガルの揺れだったが、今回1000ガルの揺れに対応する工事を実施している。また想定津波7.1メートルのところ15メートルまでの対策を行った。
ただし、常識から考えて過剰な工事が行われていた。規制委・原子力規制庁の行政は、総合的なリスクを考えず、事象ごとに最大限の安全対策をとらせるというものだ。そのためにどの原発も設備が過剰になり、「ゴテゴテプラント」と関係者に批判を集めている。(筆者記事「川内原発遅すぎる再稼働=安全規制はここがおかしい-「世界一」の厳格規制がもたらすリスク」(ウェッジ))
志賀原発では、周辺の森が切り開かれ、モルタルが敷き詰められ、せっかくの景観が壊れてしまった。防火対策のためという。同原発は海との間を国道が走る唯一の原発だ。そこからの侵入をさけるため、その道路に面した側は鉄条網が敷き詰められ、第一次大戦の欧州西部戦線を思い起こす軍事的な陣地のような形になっていた。そして構内は活断層調査のために穴だらけになっていた。一連の設備の設置は北陸電の取り組みによるものだが、その実行を規制委が示唆し、ムダな対策をやらせているように思える。規制委の稚拙な行政活動にうんざりした。
本当に活断層なのか
北陸電力と、原子力規制委員会の有識者会合の主張は対立している。北陸電は2013年12月に追加調査最終報告書を規制委に提出した。同社の提出資料は2000ページ、経費50億円にもなった。同社のまじめさと、会社の経営の存続にかかわることから必死さがつたわる。ところが有識者会合側の報告書案はそれにかみ合う形で示されていない。原子力規制委員会の有識者会合の報告書案は奇妙さを感じるものだ。(図表1・志賀原発断層図)
問題の発端となったのは建設前に調査された1号機の直下付近の調査トレンチ(溝)における壁面のスケッチである。そこには岩盤の大きな段差が描かれていた。ところが新資料は特にないのに、これが活断層ではないかと規制委が指摘し、有識者会合が開かれた。
建設当時も、このスケッチの段差をめぐってまったく同じ指摘が、同社の調査と、当時の原子力安全・保安院の地層を判定した土木学者からあった。ところが、類似の割れが海水などによる浸食でこの地域にたくさんあることを地質学者らが指摘し、活断層ではないと判定された。いわば一度決まったことを再調査させる不思議な決定をしている。以前の審査に加わった人の意見、資料を、規制委は聞いていない。
この段差が活断層の疑いをかけられた。ここで見られた段差の続く破砕帯(割れ目)は調査上「S-1」と名付けられた。
規制委によれば、原子炉等規制法や政令などで、活断層の上に原発の重要施設を建てないこと、また活断層とは後期更新世(約12-13万年前)以降の活動が否定できない断層という解釈が示されている。
有識者会合は、S-1について「12万~13万年前以降に一部が変位した可能性は否定できない」とし、活断層の疑いを指摘した。
また、S-1に影響を及ぼす可能性のあるSー2、Sー6も地層のたわみから活断層である可能性を指摘した。さらにSー2、S-6という断層が自ら地震を起こす震源断層と仮定した場合に、旧トレンチで見えたSー1のずれが説明できるという、奇妙な仮説を展開した。S-2、S-6が活断層であるとは確認されていないが、それが見えない活断層につながり、断層が2本連鎖的に動き、原発が壊れるという理屈だ。その見えない断層の存在の証拠は示されなかった。
一方で北陸電はSー1の延長上で穴を掘って調査を行い、動いていないことを確認したという。またスケッチの段差直上の地層には断層の動きによるせん断面などが見られないと反論した。ズレの堆積物からも、その判断を補強する根拠を示した。
S-2、S-6が活断層につながっているという仮説については、「その仮説を裏付ける証拠がない。長さ数キロの活断層は調査で見つかっていない」「能登半島はその生成過程で、岩盤の上に堆積物が直接乗り、地質構造的に活断層の判読が明瞭な地点と、各種の地質学の文献で記されている。想像上の活断層の存在を認めることは、これまでの日本の地質学・地形学の研究が否定されかねない」という。
北陸電は専門家の地質学者の見解書を含めた意見書を提出した。しかし規制委はほぼこれを無視した。
建屋の直下の破砕帯は改めて調べるのが不可能だ。また同じ資料に基づいて一回、旧通商産業省が設置許可を出している。その遡及適用は、法律上規定がなく、問題がある。また有識者会合の評価書案は「可能性」という表現を多用し、問題のある表現を行っている。さらに仮説に基づいて重要な決定を行っている。存在しないことを論証する「悪魔の証明」を、北陸電は行わされている。
筆者は現場の断層を見た。この周辺は岩盤の上の堆積物が乗り、海に近いため、浸食などによって岩盤の段差が近隣各所で見られた。むき出しになった海岸部でも類似の割れ目が観察された。筆者は地質学には素人ながら、北陸電の主張は矛盾しないと思った。
繰り返される異常な規制委の行動
規制委の有識者会合は、活断層を判定する役割だが、その存在に法的な根拠はない。報告が受理されれば、規制委は新規制基準の適合性審査で会合の意見を「重要な知見の一つとして参考にする」と表明。しかし「参考」の程度を明示していない。法的に曖昧な行政活動だ。
しかも仮に活断層としても、建屋の端をかすめる程度だ。原子炉規制法に基づく安全基準は「活断層の上に重要な構造物があってはならない」とするあいまいな表現で、この政令がどのように適用されるかも分からない。
それでいて原子力規制委員会は、電力事業者に過剰なバックフィット(遡及適用)の負担を負わせている。北陸電の新規制基準対応の費用は1500億円超にもなる。このバックフィットの法的な根拠も負担の責任も不明確だ。(池田信夫アゴラ研究所所長記事「原子力規制委員会によるバックフィット規制の問題点」)さらに活断層があったとして、どのような対応をするべきなのか、規制委はまったく北陸電に示していない。
そもそも、「活断層が既設原発の下にあったらダメ」などというルールは世界のどこの国の原子力規制にもない。事前の建設なら配慮すべきだろうが、一度、建設許可の出た既存のプラントを勝手に潰すのは企業財産権の侵害である。
原子炉の下に活断層のある可能性を指摘された日本原電敦賀発電所2号機、また原子炉近くに活断層が存在する可能性を指摘された東北電力東通原発では審査が進まない。(敦賀原発の活断層審査の問題点についての筆者記事「原子力規制委員会の活断層審査の混乱を批判する」)(同「東通原発「断層問題」、規制委員会の判定への疑問」)
疑われる規制の政治的中立性
しかも活断層を判定する有識者会合のメンバーも問題だ。報告書で活断層の存在を強硬に主張した東京学芸大学藤本光一郎准教授は、名前を検索すると「安保法制に反対する学芸大教員有志」「高校無償化措置を朝鮮学校に適用することを求める大学職員の要請書」「改憲に反対する大学人ネットワーク呼びかけ人」「教育基本法改正案の廃案を求める声明」などに署名している。左翼的な政治活動の好きそうな人だ。
さらに日本共産党機関紙の「しんぶん赤旗」に藤本氏は頻繁に名前が登場する。(赤旗15年4月10日号「「原発事故の反省欠ける」東大職員組合、藤本学芸大学准教授講演」など)ちなみに共産党は原則として、シンパ、党員でなければ発言を赤旗で報道しない。そして同党は原発ゼロを掲げる。
藤本氏は原発について、危険に傾いた思想を持っていることが疑われる人だ。筆者は取材を申し込んだが返事はなかった。原子力規制委員会は、存在の政治的中立性がうたがわしい。(筆者の事情説明記事「「御用学者」を追放したらどうなったか」)
現在北陸電は2号機の再稼働を目指し、審査を申請済みだ。同社の山下義順東京支社長は「原子炉の下に活断層はない。説明を続けたい」としているが、規制委が受け入れるかは分からない状況だ。
規制委は近日中に「ピアレビュー」と呼ばれる検証の議論を行う予定だが、原電敦賀2号機でも、東北電東通原発でもそこで意見が出ても、反映されずに最終案として規制委員会に送られた。
なぜ規制委は活断層をめぐって同じような混乱と対立を繰り返すのか。理解に苦しむ。規制の効率性も、正当性も、適正手続きも守られていない。そしてこの問題はメディアも政治も世論も取り上げない。
このままでは、日本の電力産業と原子力が、おかしな行動をし、能力に疑問のある一行政機関によって潰されてしまう。