「パリ同時テロ」はイスラム教に潜在する「暴力性」(神学者ヤン・アスマン教授)について改めて考えさせられた。ただし、イスラム教だけではなく、唯一神教のキリスト教、ユダヤ教にも同じように根本主義、過激主義が存在する。イスラム教だけが批判されるべきではないが、ここではイスラム教の根本主義について、少し整理した。オーストリアのカトリック系週刊紙フルへェ11月19日号を参考にした。
1)Wahhabismus(ワッハープ主義)
Al Wahhab(1702~92年)のコーランとスンナの解釈に基づくもので、サウジアラビアで公式に認知されたイスラム教。サウジから世界のイスラム教に広がっている。
2)Salafismus(サラフィー主義)
イスラム教創始者ムハンマドの生き方を模範とし、初期イスラム教(サラフ)への回帰を訴えた理想主義的考え。例えば、サラフィー主義者にとってはマクドナルドのハンバーガーも「ハラールに基づいて料理されたものである限り、問題がない」(オリビエ・ロイ氏)。
3)Dschihadismus(ジハード主義)
暴力を行使してイスラム世界を建設することを標榜(聖戦)し、米国内多発テロ2001年9月11日以後のアルカイダ、2年前に登場したイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」、そしてシリアのアル・ヌスラ戦線(Al Nusr)がこの分類に入る。
4)Neofundamentalismus(ネオ根本主義)
イスラム教専門家 Olivier Roy 氏が言い出した概念。スンニ派イスラム教世界で“下からのイスラム社会建設”を訴える。シャリアを国是とし、ノンアルコール飲酒、女性は自宅に留まるなどを掲げている。
次は、イスラム教の正典コラーンの内容について、ソマリア出身の著名な政治学者アヤーン・ヒルシ・アリ(Ayaan Hirsi Ali)女史はイスラム教創設者ムハンマド(570年頃~632年)のメッカ時代とメディア時代で変化があると主張している。
<メッカ時代>
ムハンマドは610年、メッカ北東のヒラー山で神の啓示を受け、イスラム共同体を創設したが、メッカ時代を記述したコーランは平和的な内容が多い。
<メディナ時代>
ムハンマドが西暦622年メッカを追われてメディナに入ってからは戦闘や聖戦を呼びかける内容が増えてきた。
アリ女史は、「コーランではムハンマド(570年頃~632年)のメッカ時代(Mekka)とメディナ時代(Medina)ではその語った内容が異なっていることを忘れてはならない」と指摘する。すなわち、ムハンマドは610年、メッカ北東のヒラー山で神の啓示を受け、イスラム共同体を創設したが、メッカ時代を記述したコーランは平和的な内容が多い。一方、ムハンマドが622年メッカを追われてメディナに入ってからは戦闘や聖戦を呼びかける内容が増えてきた。
同女史によれば、イスラム過激派グループはコーランのメディナ解釈に傾斜し、それに固執している人々となる。ちなみに、同女史はイスラム教が21世紀の社会に合致し、受け入れられるための条件として、「5カ条の改革案」を提案している。①聖典コーラン逐語的解釈の中止、②シャリア中止、③来世を現世より重要視する世界観から決別、④精神的指導者のファトワー(勧告)宣布の権限廃止、⑤ 聖戦思想の破棄―の5カ条だ。
参考までに付け加えると、世界最大のキリスト教会ローマ・カトリック教会の根本主義的勢力と言えば、「オプス・デイ」(神の業)が代表的だ。同グループは1928年、スペイン人聖職者、ホセマリア・エスクリバー・デ・バラゲルによって創設された。ローマ法王、故ヨハネ・パウロ2世はオプス・デイを教会法に基づいて固有の自立性と裁治権を有する「属人区」に指定している。その教えは従属と忠誠を高い美徳とし、肉体や性に対しては過剰なまでに禁欲を重視する。同グループはエリート部隊とみなされ、世界のキリスト教化を最終目標としている。世界61カ国に約8万5000人の「兵士」(約1500人の聖職者を含む)がローマ法王のエリート部隊として活躍している。メンバーには、医者や弁護士など高等教育を受けた者が多い。また、ガブリエレ・ビターリッヒが創設した「ワーク・オブ・エンジェル」と呼ばれる「天使の業」、聖職者組織としては「ピウス10世会」が存在する、といった具合だ。
先述したように、根本主義はイスラム教の専売特許ではない。“妬む神”を崇拝する唯一神教には等しく見られる傾向だろう。絶対的価値観を標榜する唯一神教は、相対的価値観、多様性が席巻する21世紀の社会でどのように共存していくか、それとも時間の経過と共に死滅を待つのみか、大きな分岐点を迎えているわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年12月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。