テレビのVHF回帰と携帯用電波創成の提案 --- 鬼木 甫

アゴラ

NTTドコモが運営に当たっている株式会社mmbiのNOTTV(スマホ向け映像サービス)が、2016年6月末に終了することになった(NTTドコモ2015)。当初から事業採算が危ぶまれていたが(池田2013山田2012)、予想どおりになったわけである(山田2015)。NOTTVは米国クアルコム社のMediaFLOを参考にしていたが、日本でmmbiに周波数帯が割当てられた時期に、クアルコム社による撤退が伝えられたと記憶する。

2015年6月期 mmbiの純損失は約502億円と報じられている。同社にはドコモの他、通信・放送分野で約20社が出資しており、数百億円を超える事業損失は分割負担されるのだろう。また2015年3月末のmmbi加入者数は175万と報じられている(田中2015)が、水増しがある。先般筆者の家族がドコモからスマホを購入したとき、当初NOTTVへの有料加入がバインドされていた。断ったが代理店に「最初の1ヶ月だけでも」と言われて承諾し、1ヶ月後に解約した。

※サービス終了をお知らせするNOTTV(公式サイトより、アゴラ編集部)
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NOTTVは、テレビデジタル化によって空いたVHF周波数帯を「活用する」ための事業である。普通に考えれば「電波が無料に近い値段で使えるのだから多数の企業が参入を希望し、新しいITCサービスが始まるはず」だが、実際はそうならなかった。理由は第1に、VHF帯はその特性から放送型の一方向通信にしか使えないことである。第2に、スマホなどによる動画の双方向通信が普及していることである。そのためVHF帯は人気がなく、mmbiなどVHF帯利用は総務省の「後押し」事業で成長性に乏しい。

山田肇東洋大教授がかねてから主張されており(山田2014)、また今回mmbiの経験から一段と明らかになったが、「加入者型の無線通信」ではすでにインターネットの汎用「広帯域無線(携帯電話)」が支配的地位を占めており、専用無線が商業ベースで入る余地は少ない。また行政など公共目的でも汎用無線の利用が費用節約になる。したがって今後においては、UHF帯など双方向通信ができる電波資源は可能なかぎり専用無線から汎用無線に割り当て直すことが望ましい。

NOTTV用の周波数帯は、事業終了とともに規制当局に返納されるはずである。これを含め、放送デジタル化で余ったVHF帯の電波を今後どのように活用すべきであろうか。筆者の提案は、「国民全体の利益のため、今後において地上放送チャンネルを現在のUHF帯からVHF帯に戻し、その結果空くUHF帯を広帯域無線に活用する」ことである。米国はすでにこの方向で動いている。まずVHF、UHF帯電波の利用経過と背景を説明しよう(付図参照)。
図表

日米両国において、放送・通信をめぐる電波政策の中心は、「テレビから携帯電話への電波再割当」にある。まず1950年代にVHF帯を使って(アナログ)テレビが普及した。その後UHF帯利用技術が開発され、主要部分(500~800MHz帯)がテレビ用に割り当てられた。現在から考えればこれは過度な割り当てだが、当時はテレビ放送が唯一のUHF帯(商業目的)利用手段だったのである。ところが周知のように1980年代から携帯電話が急速成長を続け、現在ではテレビに並ぶ、あるいはそれ以上の必需情報サービスになっている。

米国では1980年代にUHF800MHz帯(テレビチャンネル70~83、以下70~83chs.のように略記)が第1世代携帯電話(1G)に(抽選で)割当てられた。2G、3Gの発足時には、テレビ用以外のUHF周波数帯がオークションによって割当てられた。2000年代末にデジタルテレビが利用可能になり、2008年にテレビデジタル化によって空いた700MHz帯(52~69chs.)が4G携帯電話に割当てられた。

2015年末現在の米国では、次の段階すなわち600MHz帯の一部の5G転用(インセンティブ・オークション)が計画中であり、2016年3月にオークション実施予定である。同オークションで放送局は、使用中のUHFチャンネルを売渡してVHF帯に移転(あるいは廃業)する選択ができる。必要な移転費用はすべてオークション収入によって賄われ、(移転のインセンティブとして)チャンネル売渡代価は入札で決められる。なお入札に参加しないで、現状のままUHF帯に留まることも認められる(詳細は鬼木2015)。

日本での経過は、上記600MHz帯転用を除いて米国に類似している。相違点だけ述べると、日本では周波数帯割当がオークションでなく、比較審査に拠っている。また2011年のテレビデジタル化時にVHF帯の放送はすべて廃止され、米国の600MHz帯インセンティブ・オークションに対応する方策は議論されていない。またその結果、日本でこれまで販売されたテレビ受信機にはVHFデジタルチューナーが付けられていない。

先に述べたように筆者は、日本でも米国と同様にVHF帯を放送目的に再度活用し、その結果利用可能になるUHF帯電波を広帯域無線に割り当てることが望ましいと考える。インターネットが日本の情報基盤になっていること、またVHF帯の利用が低調であることから、この方策が国民全体の利益になることは明らかであろう。もちろん、放送チャンネルをVHF帯に移動するために必要な費用、VHF帯を再度放送目的に指定するために必要な補償は、付加的なUHF帯割当から利益を受ける携帯事業者・同ユーザが負担することを前提している。筆者はそのための割当にオークションを採用することが適切と考えている。しかしながらかりにオークションを採用せず、規制当局が周波数帯の市場価値を推定してこれを携帯事業者から徴収する方策を取っても、それはVHF帯を実質上の遊休状態に放置する方策より望ましいと考える。

放送チャンネルのVHF帯移転には、前回のテレビデジタル化と類似する事項が多い。移転終了までにすべてのテレビ受信機がデジタルVHFチューナーを付けていなければならないが、費用は少額で済むだろう。しかしながらチューナー装備の完了には受信機買換周期である10年程度が必要である。したがって基本方針を早期に決定し、遅滞なくVHFチューナー装備を開始することが適切である。

もとより上記方策の実現には、「VHF帯利用目的」と、「地上放送チャンネル割当」の変更が必要である。国民全体の利益を増大することが明らかであっても、関係者の利害に影響する政策転換は容易でない。このことから想起されるのは、1990年代にテレビデジタル化方針を定めた際に規制当局が下した英断である。当時日本の放送界は、独自に開発した(アナログ)ハイビジョン技術(museチップなど)を世界の標準とするべく動いていたが、ハイビジョン放送に必要な周波数幅が地上放送の6MHzを超えていたため、米国など海外の同意を得ることができない状態にあった。(アナログ・ハイビジョンは、一時期国内で衛星放送のチャンネル18MHzを使って実現された。)その際規制当局は、アナログ・ハイビジョン開発投資成果の一部を捨てることを覚悟の上で、地上放送のデジタル化方針を採用したのである。現在から考えれば、この勇気ある決断の意義は大きかったと言わなければならない。もし当時において規制当局が従来の行きがかりにとらわれ、テレビデジタル化決定をずるずると引延ばしていたならば、その分だけデジタル化を中心とする日本のテレビ産業の進歩は遅れていたであろう。

同様のことが現時点で当てはまるのではないか。日本ではVHF帯をテレビ地上放送から外す方針を一旦は採用した。しかしながら本論で説明したように、現在の情勢はその見直しを迫っている。米国がインセンティブ・オークションに成功すれば、世界各国がこれに追随するだろう。ここでもう一度、「後世に残る政策転換」が望まれる。そのためには政治家のリーダーシップも有用だろう。本来「VHF帯への地上テレビ再移転」のような大きな問題は、行政でなく政治決断の対象である。

携帯電話への電波の追加割当は、長期的に携帯ユーザの利益になり、広い意味でのユーザ負担も軽減される。

安倍晋三総理大臣殿:「もう一度ITC分野に口出しをしてください。」

本稿の内容は、鬼木2015筆者Webサイトにも掲出している。