作曲家・小杉紗代が先人の楽譜に学んだこと

アゴラ編集部

言論プラットフォーム「アゴラ」と世界的筆記具ブランド「モンブラン」とのコラボレーションでお送りするブランドジャーナル「NO WRITING NO LIFE」。第6弾は、作曲家の小杉紗代さんです。ピアニストから作曲家に転身し、欧米各国のコンサートや音楽祭のソリスト・室内楽、オーケストラの委嘱新曲を発表。ベルギー王立バレエ団や映画音楽、「めざましテレビ」等の有名テレビ番組の曲も多数手がけています。音楽界では作曲プロセスのデジタル化が進んでいますが、新進気鋭の音楽家が大切しているクリエイティブの根幹に迫ると、非常に興味深いことが見えてきました。(取材・構成はアゴラ編集部)
(※この企画はモンブランの提供でお送りするスポンサード連載です。)
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手で書かないと人間らしい音楽にならない


——今回は“書く”ことがテーマですが、作曲家として過ごされている日常の中で、“手で書く”というシーンはありますか
音楽を作るという作業は最近はすっかりデジタル化され、演奏家やオーケストラの方に提出する最終的な楽譜は、必ずデジタルソフトで作られたものです。でも、わたしの場合、そこに至るまでのクリエイティブな作業の部分には、必ず「手で書く」ということをしています。頭の中のアイデアのかけらを形にする作業というのは、コンピューターに向かっては出来ません。頭の中にあるものを揉みながら、消して書いてを繰り返しながら譜面を膨らませていく。大事なのは、その動きなのか、書いたものを目で見ていく作業なのかわからないのですが、手で書くという工程を通さないと、人が演奏する上で技術的や物理的に可能・不可能というだけでなく、演奏する人の息使いとか間の取り方、感情の抑揚や鼓動などを想像して作る『人間らしい音楽』にならないと思っています。

——クリエイティブな部分は手で書くこと、コンピューターはそれを記録して清書するというものなんですね。ちなみにアイデアのメモはどんなふうにされていますか
アイデアがいつ浮かんでもいいように、つねに小さな五線紙を持ち歩いています。忘れてしまうのがいちばんこわいので、思いついたらすぐに走り書きします。わたしの場合、音楽を聴くと色覚が刺激されるんです。抽象的な言い方ですが、音楽に反応して色が見えるという感じです。作曲をするのはその逆の作業で、絵を描いていくというイメージです。メロディーやハーモニーを、色を並べながら、デッサンするように輪郭を描いていく。色鉛筆でデッサンをしているという言い方が正しいかもしれません。
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プロフィール
小杉紗代(こすぎ・さよ)
作曲家。ジュリアード音楽院大学院作曲専攻修了。2008年から2015年までニューヨークに在住。ベルギー王立バレエ、英国王立ダンスアカデミーやニューヨークシティバレエの委嘱新作、めざましテレビ・めざましアクア両番組(フジテレビ)2015年度オープニングテーマ曲、2016年2月公開の映画『ホテルコパン』(門馬直人監督)のサントラ、「ガールズアワード2015」春夏コレクションの音楽制作を手掛ける。また演奏家として、カルティエ、ディオール、資生堂等のショーやワールドベースボールクラシック、国際フィギュア選手権大会等国際イベントのセレモニーでも活躍。現在は国内外で現代音楽や教育事業における文化交流と発展に貢献する活動にも精力的に参加している。

(オフィシャルウェブサイト)http://www.sayokosugi.com
(オフィシャルFacebookページ)https://www.facebook.com/sayo.kosugi.official

幼い頃の譜面に感じる熱意


——もともとはピアニストだった小杉さんですが、音楽との出会いはなんだったのでしょう
本格的に作曲を始めたのは5年前ですが、はじめて作曲というものをしたのはもっと小さなときです。音楽との出会いは、テレビでピアノの弾き語りをするスティービーワンダーや小林明子さんの曲を真似して、家にあったピアノで弾いていた事からです。それから兄が通っていたピアノ教室に3歳になる前に一緒に通いはじめたんです。教室では、毎週のように楽譜にメモをぎっしり書きこむんです。家で練習するために注意書きを書いたり、その先生は好きな色で書いていいとおっしゃっていたので、わたしもいろんな色で楽譜を埋めていました。

——はじめて曲作りをしたのも、そのころだったのですか
7歳のときに、「春のバイオリン」という曲を、はじめて作りました。わたしはバイオリンの音色がすごく好きなんですが、その当時初めてバイオリンと出会って、春の草原で自分が弾いている姿を想像して書いたものでした。自分が7歳のときなんてパソコンなんてないですから、一生懸命黒いお団子を塗りつぶしているんですよね(笑)。その譜面を見ると、幼かった自分の熱意、気合いを感じますね。
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苦心した先にある作曲の醍醐味とは


——作曲を本格的に始めて苦労されたことなどありますか
作曲をはじめて驚かされたことは、弾いてるときは気が付かないけど、譜面を書くときには気をつけなくてはならないことが、なんて多いんだろうということでした。楽譜を書く側の音や指示の意味が曖昧だったりして演奏者に意図が伝わっていないと、実際に演奏してみたら想像と全然違う曲になってしまうということってあるんですよね。なぜなら、私以外の誰も聞いたことも演奏したこともない音楽ですから、譜面にあるものだけを頼りに弾く演奏者を迷わせてはいけない。そういう大事なことを作曲から教わったと思っています。音楽というのは、譜面を書いて録音したら終わりじゃないんですね。出来るだけ後から付け足すことがないように、たくさん譜面には指示を書き込んでおくんですけど、それでも足りないことは、演奏を聞きながら直感で思った事をどんどんペンで書き込んでいきます。

——作曲の「醍醐味」とはなんですか
音楽を演奏しているときよりも、曲を提供する側のほうが共有できるものが大きいと感じています。自分の頭の中にある音楽が100人の演奏者、そして、もっと多くの観客の方々に繋がること、それがすごく素敵だなと思います。作曲自体はすごく孤独な作業なので、完成した曲を人に弾いてもらい、また聞いてもらう。その瞬間が音楽に命が宿るとき。私はその瞬間をすごく大事にしています。

——音楽以外で小杉さんの思いを伝える手段を教えてください
音楽は言葉ではないので、曲だけでは100%伝わらない部分もあると思います。そのために、自分の中にあったインスピレーションや、この曲はなにを表現しようとしているかということを書いたプログラムノートを付けることもあり、それを読んでもらうことで、感じ方や理解を深めてもらいます。また、自分のブログでは、もっと形式にこだわらずに、どういう気持ちで音楽を書いたとかいう思いを書かせてもらっています。
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ショパンが残した下書きから想像を膨らませる


——今後はますます作曲もデジタル化されていくと思いますが、肉筆的な作業はどうなってしまうのでしょうか
それでも、やはりコンピューターだけでは、無機質過ぎて人間的な作品を創造するのが難しいと思います。アイデアを形にする作業には、とくに肉筆的なものが必要です。どんなにデジタル化されたとしても、人間にしか生み出せないものを作るためには、人間にしか出来ない作業を経ないと作れないと思っています。わたしにそれをあらためて教えてくれるのが、過去の偉大な作曲家の肉筆の楽譜なんです。

——旅行をした先などで、作曲家の生の楽譜を見てらっしゃるそうですが。同じ作曲家としてどんな印象を受けますか?
きれいな完成された楽譜は、模様的な特徴を見ただけで、整然とした曲だなとか、直感的に書かれているな、などと感じることができます。人柄が譜面に出るという感じですね。ショパンの博物館に行った時は、楽譜も多く見られたし、インクや机も残っていて、いろいろと想像をめぐらせることができました。当時は下書きもインクなので、訂正を線で消しただけだったり変更する前の部分がそのまま残っていると、この曲はこういう曲になる可能性もあったのかと知ることも、何でこのように変えたのだろうと考えてみたり、そういったことが楽譜を肉眼で見る醍醐味ですよね。

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取材を締めくくるにあたり、小杉さんに、世界的プロダクトデザイナーのマーク・ニューソン氏がデザインした「モンブランM」の万年筆を使ってもらい、「あなたにとって書くこととは何か?」を綴ってもらいました。
(各写真をクリックすると「モンブランM」の公式ページをご覧になれます)
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