偽私放奢:政を致すの術は、先ず、四患を屏く

秦の始皇帝以前のあらゆる思想を集大成した『呂氏春秋』の中に、次の言葉が記されています--亡国の主は必ず自ら驕り、必ず自ら智とし、必ず物を軽んず。自ら驕れば士を簡(おろそ)かにし、自ら智とすれば専独し、物を軽んずれば備無し。備無ければ禍(わざわい)を召き、専独なれば位(くらい)危く、士を簡かにすれば壅塞(ようそく)す。


政治の根本およびその得失を論じた『申鑒(しんかん)』を著し献帝に奉った後漢の学者である荀悦(じゅんえつ)は、当思想書の中で「政を致すの術は、先ず、四患(しかん)を屏(しりぞ)く」として「偽私放奢」の四つの患(わざわい)を挙げています。

此の「偽私放奢」とは「この中の一つが目立っても国は傾く」というもので、安岡正篤先生は此の「亡国への道」各字夫々につき、御著書『瓠堂語録集』の中でも言及されておられます。

第一に、「偽(ぎ:二枚舌、公約違反のたぐい)」であります。先生は「うそ、いつわりは小事になるとすぐわかるが、社会・公共のことになると段々真偽が紛(まぎ)らわしくなる」と述べておられます。

私は先々月30日『「マンション傾斜」を立て直す』というブログを書きましたが、当該事件に関わる一連は正に、「偽」の最たるものです。「社会・公共のことになると段々真偽が紛らわしくな」って、不公正が罷(まか)り通るようになるのも事実だということです。そういう意味で我々は常に、警戒の目を張っておらねばならないのだと思います。

第二に、「私(し:私心、或いは私利私欲)」であります。安岡先生は「昔は政界に出ることは私産を失うことであるのが常識であった。公のためには私を去るのが当然の道徳であった。今は私のために、公を仮(か)るのが平気である」と述べておられます。

嘗ての政治家・藤山愛一郎(1897年-1985年)さんは、「絹のハンカチ」と称されて首相候補にまで躍り上った御方です。我国で「製糖王」と言われた藤山雷太(1863年-1938年)さんの長男である愛一郎さんは、岸信介内閣で外務大臣を務め上げられ日本「最後の井戸塀政治家」とも呼ばれた御方です。

此の「井戸塀政治家」とは、『国事のために自らの財をはたいて奔走し、結局残ったのは「井戸」と「塀」だけという、今では絶滅したのではないかと思われる、殊勝な政治家』を指して言います。

現代の政治家を見てみたらば、自分を棄て切れず財産を多く有する人も結構いるのではないでしょうか。これから政治家を志す人に「井戸塀」までは求めませんが、「井戸塀」位の心意気で「私」を出来る限り棄て頂きたいと思うものであります。

第三に、「放(ほう:放漫、節度のない状態)」・でたらめであります。安岡先生は『無軌道・放埓(らつ)・無礼・無責任等である(中略)。人間は厳より寛に移ることは易(やす)いが、寛より厳にはなかなか進めない。一度放縦の味をしめると「厳格」に堪えられるものではない』と述べておられます。

国会議員になった途端に偉くなったかの如く錯覚し、礼儀知らずで傲慢になる人も時折いるよう思いますが、之はとんでもない話です。先月7日『お役所仕事』というブログを書きましたが役所の人間なども正にそうで、彼らには公僕であることを常時認識して貰わねばなりません。

第四に、「奢(しゃ:贅沢、ムダ使い、或いは心の驕り)」であります。之は「放」と同じくして「一度この味をしめると、容易に節倹の生活はできない」と安岡先生は述べておられます。

嘗て石油が枯渇したら「父は駱駝に乗った、私は車に乗る、息子は飛行機を操縦する、 しかしながら孫はまた駱駝に乗るだろう」と言ったサウジアラビア元石油鉱物資源相のアハマド・ザキ・ヤマニ氏は、70年代のオイルショック時に「欧米がアラブの石油を買わなくなるだって?そうなったらわれわれは遊牧生活に戻ればいいだけだ」と述べたと言われています。

NY原油市場でWTI先物1月限は昨日、「前日比40セント(1.08%)安い1バレル=36.76ドルと、終値ベースで2009年2月以来の安値で引けた」わけですが、いまアラブ諸国は「原油価格下落による財政悪化の埋め合わせに保有株をなし崩し的に売却する動きをみせて」もいます。一旦贅沢に身を染めた王族達の生活は、中々変わって行かないと思います。

冒頭挙げた荀悦は上記「政治をダメにする元凶」の四字につき、「偽は俗を乱し、私は法を壊(やぶ)り、放は軌(き)を越え、奢は制を敗る 。四つの者除かれざれば、則ち政、由(よ)って行われず」との指摘を行っています。

安岡先生も言われるように、此の「四患を何とか救わねば、世の中は治まるものではな」く、改善・改革・革新の類は成し得て行かないのではないかということです。

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