12月9日付けのJBプレスで、産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏が「日本にとって極めて少しずつながら、慰安婦問題はよい方向へ動き出した」という記事を書いている。
古森氏によると、好転の第1は、米国歴史学会(AHA)の機関誌『歴史展望』)12月号に日本側の学者50人の反論が掲載されたこと。
『歴史展望』は今年3月号に、米国の歴史学者20人による「日本の歴史家に連帯して」と題する日本外務省への抗議声明を掲載したが、それに対する反論である。
慰安婦問題で長年日本を糾弾してきたコネティカット大学のアレクシス・ダデン教授らは、米マグロウヒル社の高校教科書の慰安婦記述の間違いを正そうとした日本外務省を非難していた。
その教科書に「(慰安婦は)日本軍が強制連行」「20万人の性的奴隷」「天皇からの贈り物」などと根拠のない記述があったので、日本の外務省がマグロウヒル社に訂正を求めた。ところが、ダデン教授らは「米国の教科書への日本政府の不当な干渉、検閲だ」と抗議した。
事実無根の記述に訂正を求めるのは当然なのに、史実を調べもせずに「不当な干渉」と反発する。ここにダデン教授らの学者としての力量の無さ、知的誠実さの欠如が感じられるが、日本側はひるまなかった。
大阪市立大学の山下英次名誉教授や東京大学の小堀桂一郎名誉教授ら50人の学者がダデン教授らの主張を正面から否定する声明を『歴史展望』に送り、掲載を求めた。『歴史展望』は当初その掲載を渋る様子があったが、12月3日発行の最新号にようやく掲載した。
日本側の歴史学者たちが慰安婦問題について連名で反論を投稿し、米国の紙誌に掲載されたことは前例がない。画期的である。
好転の第2は、韓国当局が慰安婦問題の書『帝国の慰安婦』の著者、世宗大学・朴裕河教授を名誉毀損罪で起訴したことに対して、米国や日本の学者54人が抗議声明を発表したことだ。
抗議声明には、日本の大江健三郎氏、上野千鶴子氏らのほか慰安婦問題に関する日本政府の主張に反対してきたハーバード大学のアンドリュー・ゴードン教授やジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ教授も名を連ねた。
『帝国の慰安婦』は慰安婦問題に関し「日本軍と慰安婦たちは同志的な関係にあった」などと書き、日本軍の強制連行もなかったという立場を示した。(こうした)韓国人学者を擁護する声明が米国で出てきたことは、慰安問題についての米国側の事実認識にヒビが入ってきたことを意味する。
古森氏によると、好転の第3は、朝日新聞の大誤報訂正に象徴される慰安婦問題の虚構部分が、米国の専門家たちにボディブローのように伝わり始めたこと。
米国の“左翼系”歴史学者たちは長年「日本軍が組織的に約20万人の女性を強制連行し、性的奴隷にしたことが慰安婦問題の核心だ」と主張。……国家的犯罪だと断じていた。(それらが)朝日新聞の記事撤回や、秦郁彦氏ら日本の歴史学者たちの事実提示により虚構だと証明された。
この結果、米国の学者たちは主張を変えていかざるをえなくなり、最近では「強制連行」などの虚構キーワードを使わなくなったという。「女性の人権弾圧」「日本軍の関与」といった表現を使っており、日本叩きは少しづつ後退している。
第4に、米国や国連の第一線で慰安婦の真実を知らせる日本側の努力が少しずつ米国の国民や国際社会へ伝わり始めた。日本側の主張(反論)は米国のメディアでも報じられ幅広く知られることとなった。
2015年7月には国連の女子差別撤廃委員会の準備会合で、慰安婦問題の虚構を正す日本女性の団体「なでしこアクション」の山本優美子代表らが「慰安婦問題は強制連行の事実はなく、反日の政治宣伝に使われている」と報告した。国連の場で日本側がこれほど明確に事実を報告した前例はない。同委員会の委員長らは「慰安婦問題で異なった主張があることを初めて知った」と述べていたという。
第5に、日本糾弾を執拗に繰り返す韓国にオバマ政権が批判的な姿勢を示し始めた。以前のオバマ政権は、慰安婦問題などの歴史認識について日本よりも韓国側の主張に同調する傾向が見られた。
だが、中国の南シナ海などでの軍事攻勢で米国の対中姿勢が硬化。さしものオバマ政権も日韓両国の距離が縮まることを期待して、いつまでも慰安婦問題にこだわる韓国に日本との関係改善を促すようになった。韓国政府にとって米国の意向は大きい。朴大統領は年来の歴史問題を引っ込めて、安倍首相との会談に臨むことになった。
だが、古森氏はこれらの好転に「気を緩めてはいけない」と言う。
米国ではその後も各地で慰安婦の像や碑を建てる動きが続いている。慰安婦像の設置や日本の「残虐行為」を示す博物館などの開設には、韓国系だけでなく、むしろ中国政府と直結した在米中国系組織「世界抗日戦争史実維護連合会」がより大きな役割を果たすようになった。米国の歴史学者たちの多くも、朝日新聞の誤報訂正や秦郁彦氏らの指摘を無視するような態度は変えていない。国連でも、虚偽の「クマラスワミ報告」が修正されたり撤回されるという気配はまだない。
「今後も日本の官民が一体となって、強制連行などなかったことを主張し続けることが重要だ」と古森氏は記し、とりわけ、日本の外務省の手ぬるさに警鐘を鳴らしている。
危険なのは、今後の日本政府の韓国に対する対応だろう。慰安婦問題の核心部分について、これまでの外務省のように相手の虚構を決して突かず、「慰安婦問題は解決済み」との主張だけで事態収拾を図ろうとすれば、事態は逆戻りしかねない。そんな危険な陥穽が大きな口を開けているのである。
外務省は各国との対立を嫌う。「友好第一」が彼らの目標だ。時には日本の国益に反しても友好第一なのではないか、と思えることがある。
なぜか。それにより外交の仕事が増え、緊張状態に入るのを極度に厭っているからではないか。面倒な仕事をふやしたくない。要するに怠慢なのである。
諸外国からのクレームが来たり、外交攻勢が押し寄せると、何とか妥協して交わそうとする。その方が楽だからなのではないか、と見るのは邪推だろうか。
外国からの攻撃は自分たちが譲歩すれば良い。反論したり、口論するのは得策ではないと考える。受身で自分から能動的に問題を解決しようとしない。能動的に動くことはあつれき、摩擦を増やし、日本を孤立させる、と考える習慣が外務省にあるようなのだ。
悪いのはつねに日本側、日本さえ我慢すれば、うまく行くと考えているフシがある。実際に我慢させられるのは日本国民であり、外交官はその分、楽になる。要するに怠慢なのではないか。ヤル気が乏しいのだ。
世界各国が日本の近現代史を非難している以上、勝ち目はない。長いものには巻かれろ、と何も反論して来なかったのが今日の外務省だ。最近、ようやく安倍政権に尻を叩かれ、思い腰を上げて米マグロウヒルなどに抗議し始めというのが本当のところではないか。
それにつけ込むように中国と韓国は誇張、歪曲した史実を世界に言いふらす宣伝戦を繰り広げてきた。欧米もそれに乗ってきた。
歴史戦、宣伝戦で最初から敗北主義で臨み、沈黙を続けた、実際に負け続けた日本の外務省。こんな連中に任せておけないと、民間の有志や学者が奮闘し、ようやく古森氏が指摘するように慰安婦問題などで日本の主張、歴史的真実が少しずつ受け入れられるようになってきた。
やればできるのだ。外務省の敗北主義では国益が損なわれるばかりである。
安倍政権は、腰が引けている外務省の尻をさらに叩き、世界との歴史情報戦に積極的に挑戦させるべきである。