ある小1生「結婚したら名前が変わるなんてヤダー!」 --- 畑 恵

夫婦別姓を選択する自由を認めないという民法の規定が、憲法に違反するか問われた裁判で、最高裁はこれを違憲ではないとする判決を下しました。

と聞いても、この問題にさして関心のない方には、おそらく何を言っているのかよくわからないと思います。否定の否定という文脈は、わかりにくいですからね。

要するに、「結婚したら必ず夫婦のどちらかは、名前を変えねばならない」という現状は、憲法違反ではないと判断されたわけです。でも、世界の中で夫婦同姓を義務付ける国というのは、今や日本だけと言われています。しかも、結婚で名前を変える、その96%が女性。これって、どう見てもおかしくないですか?

同姓義務を合憲とした今回の最高裁判決は、裁判官15名の内10名の多数意見。ちなみにその10名は、全員が男性。一方、同姓義務は違憲と判断した残り5名の裁判官の内、女性は3名。

合憲と判断した理由について最高裁は、結婚で改姓したことにより生じる不利益は「旧姓の通称使用が広まることにより、一定程度は緩和される」と判断したとのことですが、多数派10名の男性裁判官の内、ご自身が結婚をした際に妻の姓に合わせて自分の姓を変更した方は、一体何人いるのでしょう?

少なくとも私は実体験から断言しますが、結婚で改姓させられる不利益は通称使用では緩和されず、実に甚大です。

印鑑やパスポートをはじめ免許や通帳、各種カードなど公文書の名義変更には、とんでもない手間と時間とお金がかかります。さらに職場での混乱、キャリアの断絶、そして何よりもアイデンティティの喪失による悲しみや苦しみ。結婚してもう15年近く経過しますが、苦労も痛みも混乱もいまだ絶えることはありません。

たとえば、パスポート。最近は、旧姓併記のパスポート取得もだいぶ緩和されてきたとはいえ、誰でも認められるものではなく、海外での旧姓使用が必要と当局に判断された人でなければ発行はされません。

実は私も以前、ある人から勧められて旧姓併記パスポートを取得しました。勧めてくれたのは、なんと夫婦別姓選択制に断固反対している某女性国会議員でした。

同世代でほぼ同時期に結婚した彼女と、自民党本部のエレベーターで偶然一緒に乗り合わせた際、「選挙は旧姓でも出られるようになったけど、パスポートとか不便じゃないの?」と尋ねたところ、「私、旧姓併記のパスポート取得してるの。あなたも、参議院議員だったんだから大丈夫、認められるわよ。」という答えが、あっさり返ってきました。

「おいおい、自分だけ認められればそれでいいんかい!」と突っ込む間もなく、エレベーターは停止。彼女は開いたドアから颯爽と去って行きました。

しかも、旧姓併記パスポートが海外で招く混乱と言ったらありません。とにかく同姓が義務なんて国は他にないわけですから、二つの名前が並んだへんてこなパスポートを示すと、どの窓口でも漏れなく「?」という顔をされ、そのまま留め置かれます。空港の入国審査に始まり、航空券やホテルの予約などなど、そのつど本人確認のために膨大な時間が費やされ、運の悪い時にはリザベーションが取り消されてた!なんていう悲劇も起きたりします。

ただ、そんな手続き上の不便さというのは、夫婦同姓義務により生じる不利益の中では所詮、些末な事。本質的で深刻な問題は、やはりアイデンティティの喪失です。

誰だって、自分が生まれた時からそう呼ばれ、自分を自分として認識しているただ一つの名前を、結婚で変えられたらイヤに決まってる―そんな当然と言えば当然のことを、やっぱり当然と思っていいんだと私に確信させてくれたのが、作新学院の子どもたちでした。

ある日、小学1年生の子どもたちと給食を一緒に食べていた時のこと、一人の女の子から「恵先生は、どうして船田と畑と二つのお名前があるの?」と質問されました。

「私は、以前していたお仕事の関係で、結婚する前の名前、“畑”でおぼえてくれてる人が多いのよ。だから、二つの名前を使ってるの」と答えると、「あー、知ってる。先生、昔、テレビ出てたんだよねぇ」などとリアクションしてくれる子もいる反面、どうも皆いま一つ納得がいかない様子。

「でも、みんなのお母さんも結婚する前は違うお名前だったんだよ」と言うと、子どもたちの大半はそのことは知っている様子で、「ボクのお母さんは田中だった」、「アタシのお母さんは前田」などと、大きな声で発表会が始まります。

「ねっ、そういう風に大人になって結婚すると、みんなも名前が変わるんだよ」と、私が軽率な言葉を口にしたとたん、クラス中から一斉に「ヤダー!」の大合唱が。しかも、先に声を上げたのは、みんな男の子たちです。

(えっ、 男の子は名前は変えなくて大丈夫なのに…)と私が心の中で思っていると、ちょっとオシャマな女の子が、「だから、アタシ、結婚なんてしないの」と、毅然と胸を張ります。これを耳にした周りの子たちも、「じゃあ、ボクもしない」「私もしない」と、この日の給食は結婚拒否発言の嵐で幕を閉じました。

夫婦同姓を国民全員に強制する現在の民法規定が、正しいか正しくないか。正直よくわからないという人は、どうか子どもたちに聞いてみてください。

「君たちは大きくなったら、結婚して自分の名前を変えたいか」と。

最高裁も「夫婦別姓選択制度の採用に関しては、国会で論ぜられ判断されるべき」と言及しました。安倍政権が「女性が輝く社会」を本気で作り、婚姻件数を増やして出生率を上げたいと願うなら、どうか年明けの通常国会で“いの一番”にこの問題について議論していただきたい。そして、夫婦別姓を“選択”する自由が与えられない世界唯一の国・日本を、次代を担う子どもたちのために、一日も早く変えていただきたいと思うのです。

畑 恵
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