物理学者の分析する北核実験-リスクは拡大

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photo澤田哲生
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

能天気な国

ずいぶんと能天気な対応ぶりである。政府の対応もテレビ画面に飛び込んで来る政治評論家らしき人々の論も。

日本にとって1月6日に行われたと発表された北朝鮮の4回目の核実験という事態は、核およびミサイル配備の技術的側面からすれば、米国にとって1962年のキューバ危機にも等しい事態だと見るべきではないか。

水爆方式で小型高性能化に成功すれば、広島級原爆の数十倍の威力を出しつつ重量は数百キログラムで済む。容易に東京までミサイルで運べる重さだ。広島では、爆心から半径2キロメートルは壊滅された。水爆なら小型のものでも、爆心から半径6キロメートルは壊滅できる。

ノドンミサイルのペイロード(搭載可能重量)は0.8~1.2トン程度、CEP(半数命中半径)は190~2500メートル、到達距離は1300~2000キロメートルとされる。平壌と東京の直線距離は1300キロメートル。ノドンは日本のほぼ全域を射程に収められる。

例えば、ノドンで小型高性能の水爆を運んで山手線内に着弾させれば、その破壊力はたやすく国会議事堂にまで及ぶのである。

北朝鮮は水爆実験を行った。そして実験に成功した–そう前提して議論し、今後の対策を考えるべきである。

事後の物的証拠から、水爆実験に成功したという痕跡は運が良ければ捕まえられるかもしれない。しかし水爆実験に成功していないという証拠を見つけるのは不可能である。

北朝鮮の核開発における第4回目の実験の意義

北朝鮮は2006年に最初の核実験を行い、爆縮型の核分裂兵器(長崎型プルトニウム原爆)の実験に成功した。2010年には「小規模の核融合実験に成功した」と北朝鮮当局は発表した。そして、前回2013年の第3回目の核実験ではブースト型(boost)型の核分裂兵器の実験をしたのではないかと推察された。ブースト型兵器(注1)の特徴は3つある。

1・爆縮される核物質(プルトニウムまたは高濃縮ウラン)の中心部に空孔がありここで小規模な核融合(D-T反応という)を起こし、強力な中性子(核融合中性子)を生み出す。

2・D-Tとは重水素(deuterium)と三重水素いわゆるトリチウム(tritium)である。これらはガス状で詰め込んで増やす(boost)ことも減らすこともできる。つまり目的に合せていい具合に加減できるのである。

3・核分裂を起こすための種火である中性子が強力になれば、より効率よくウランやプルトニウムを核分裂させることが出来る。長崎に投下された爆弾に用いたプルトニウムの量は8kg程度とされているが実際に反応したのは1kg程度である。これで20kt-TNT(TNT火薬2万トン相当)の爆発威力があった。核融合中性子を用いれば、重水素とトリチウムを詰め込めるだけ詰め込んだ挙げ句、反応量を一気に4kgにまでも押し上げられる。全体の半分も核分裂反応し、その威力は100kt-TNTに迫る勢いだ。逆に重水素とトリチウムを少ししか入れないと、爆発威力は下がる。

このようにブースト型核分裂兵器の最大の特長は、核分裂があくまでも主役だが、小規模核融合の爆発規模を調節することで「爆発威力を可変式にできる」ということである。ツマミひとつで音量を自在に変化できるスピーカーをイメージして頂ければ良い。

水爆とはなにか?

水爆は水素爆弾の略。正確には熱核兵器(thermonuclear weapon)という。熱核反応を利用する。熱核反応とは核融合反応のことである。核融合は超高温超高圧のなかで起こるので、熱核反応という。超高温とは1億度程度である。

水爆の構造は二段構えになっている。第1段をプライマリー(primary)といい、第2段をセカンダリー(secondary)という。概念図をご覧いただきたい(図1)。

図1・水爆の基本構造(注2

その1

プライマリー:これは核分裂爆弾が担う。古典的な爆縮型のものでもよりスマートなブースト型でもよい。その主たる役目は、核融合を促進するための超高温超高圧の環境を爆弾容器内に造り出すことである。

つまり、核融合の起爆装置なのである。このプライマリーは、爆薬を組み合わせて実現する爆縮という高精度の技術が鍵であり、その精度を高めて確実に爆発を遂行することにある。ブースト型の爆縮は2点着火式である(図2)。最も古典的な長崎型爆縮は32点式であった。32点の着火を100万分の1秒以下で同期させないと失敗する。爆縮波形が歪になるのである。これをフィズル(fizzle)という。その意味は〝ぽしゃる〟とか尻すぼみ。要するに失敗である。

図2・1956年には完成した2点着火式プライマリ–Swan装置(注3

図2

セカンダリー:セカンダリーの主な素材は、(1)重水やリチウム(重水素化リチウムなど)、そして(2)劣化ウランである。 (1)はプライマリーがつくり出した超高温高圧環境に促されて、核融合を始める。核融合自身エネルギーを発生するが、核融合で生まれた強力な中性子は、劣化ウランの主たる成分であるU238を核分裂させる。

したがって、水爆のエネルギーの発生源は、(1)プライマリーの核分裂、(2)セカンダリーの重水素化リチウム等の核融合、(3)セカンダリーの劣化ウランの核分裂からなる。いわば〝三段重ね〟の出力構造にある。しかもこれらが渾然一体となって混沌として起こる。その反応は100万分の1秒以下の極めて短時間に完遂する。

水爆実験であると判別できるか?

ここまでの解説で、3つのタイプの爆発実験の可能性があることを示した。(1)古典的な爆縮タイプの核分裂兵器、(2)ブースター型の核分裂兵器(小規模のD-T核融合を利用)、(3)熱核兵器(水爆)。その爆発威力のイメージは、(1)<(2)<<(3)である。しかし、上に解説した爆発威力を可変式にする仕組みを導入すれば、この大小関係はまったく意味がなくなる。

論点1・爆発によるマグニチュードから何か言えるか

先ずP波が検出され分析されれば、核爆発由来の地震波かどうかは判別できる。では、爆発の規模はどうか。

実はマグニチュードの値からは核爆発の威力は算定できないということである。なぜなら、北朝鮮の核実験は山肌にトンネル(横坑)を掘ってその先端あるいは枝分かれした坑道の先端部分に核爆発装置を据え置いて実施する(図3)。

図3・アクセス用坑道と実験用の支線坑道の構造
その3

この方式なら、実験を行う科学者や技術者が坑道の先端までアクセスできるというメリットがある。よって、その先端部分には空洞の部屋がある。だから、核爆発は岩盤にぴったりと直接密着していない。このような状態では、爆発エネルギーは減衰して岩盤に伝わる。よって、部屋の構造と核爆発装置の置かれた位置の情報がないと、正確な核爆発エネルギーは、地震のマグニチュードからは推定できない。

ちなみに、1960年代、米ソの初期の地下核実験は、立坑式であった。これは岩盤をボーリングした坑の先端に、核爆発装置をピッタリと埋め込むので、推定された爆発威力は実際のものと近かった。核開発競争が熾烈だった当時は、いかにして敵対国に自国の地下核実験の実施が悟られないようにするかが大きな政治的かつ技術的課題だった。

そこで彼らが目指したのは、直径は100mを越えるような大きな球状の地下空孔の中心部で実験を行うことであった。理論上は、岩塩層のような理想的な岩盤に球状空孔ができれば、キロトン級の小規模核爆発実験では地震波がほぼ消せる。これに最初に成功したのはソ連だったという(図4)。

図4・爆心地と爆発威力の減衰関係

図4

はたしてそのような実験場が北朝鮮にあるかどうかは分からないが、皆さんに認識して頂きたいのは、地震波によって外から観測される〝見掛け上の爆発威力〟を意図的に小さく見せかけることは容易にできるという事実である。

論点2・爆発によって発生する物質から何か言えるか

まず核爆発由来の物質が空中捕集できなければ、なにも言えない。

地下の岩盤中で核爆発実験を実施すれば、その中心部は超高温高圧になる。よって、爆風は岩盤を融かしながら風船のように膨らみつつ、空洞を作りながら周囲が冷え固まって行く。結果、爆発で出来た空洞(キャビティ)の周りにガラス風船のような構造物ができる(図5)。

図5-1・爆風によって破損した地下構造(チムニー)のイメージ

図5-1

図5-2・爆心に出来た空孔(キャビティ)と周辺構造

図5-2

岩盤が均質であれば、より球状にちかい空洞が出来て、これは強固な閉じ込め装置になる。こうなれば、核分裂や核融合によって発生する物質はほとんど環境に出て来ない可能性がある。北朝鮮は今回の実験によって「環境への悪影響はなかった」旨発表した。

では仮に大気中に漏れ出たとして、どのような物質が検出されれば、水爆あるいは熱核兵器の実験に成功したといえるのであろうか。

それはヘリウム3という、核融合に特異な物質である。ヘリウムは大気中に微量だが普通に存在する。それはヘリウム4という物質である。ヘリウム3はヘリウム4に対して100万分の1の比率でやはり大気中に存在する。ヘリウムが捕集できて、分析の結果、ヘリウム3の4に対する比率が、普通より格段に大きいという証拠がつかまれば、水爆実験に成功した可能性が高まる。

ヘリウム3は安定同位体なので、時間とともに減衰しない。ヘリウム風船に見られるように、ヘリウムは空気より軽いので、大気中で容易に上昇、拡散、輸送される。空気より思い物質のように地上へ沈降しない。水爆実験由来のヘリウムは実験場の上空で実験を待ち構えて捕集しないと、容易には捕獲されない。時間の経過とともに、捕獲は絶望的になる。

北朝鮮の核のルーツは京都帝国大学にあり

北朝鮮の核開発能力を過小評価しようとする向きがある。しかし、それは大きな間違いである。北朝鮮の核開発の父と称される科学者がいた。

ソ連でいえばクルチャトフ、米国ならオッペンハイマーに相当する。李升基(イ・スンギ)という男である。(注4

彼は併合下の日本にわたって学を究めた。京都帝国大学の工業化学の雄・喜多源逸の下で学んだ。貧困に喘ぎながら苦学の末に、世界で第二番目の合成繊維ビニロンを発明した。これは、ノーベル賞を与えられてもおかしくない程の成果である。李はその手記によれば(注5、李升基『ある朝鮮人科学者の手記』(1969、未来社))戦後韓国に戻り、朝鮮戦争後祖国復興に意をかき立てられ北に渡ったとされる。

図6・李升基の手記

図6

この李升基が北朝鮮の核開発における科学者・技術者の最高責任者であったのだ。世界最高レベルの科学者であり、筋金入りの愛国主義者である。その後継者達が核開発の中核を担っている。レベルが低いはずはなかろう。そのことを肝に銘じておくべきである。

なおノーベル化学賞を受賞した福井謙一は、喜多源逸の一派である。また、京都大学の原子核工学の礎を拓いた学者も同派のながれを汲んでいる。北朝鮮の核には日本の工業化学の血が流れている。その核が今や一段と威力を増して、この日本の喉元に突き立てられている。

澤田 哲生(さわだ てつお)1957年生まれ。東京工業大学原子炉工学研究所助教。工学博士。京都大学理学部物理科学系卒業後、三菱総合研究所入社、ドイツ・カールスルーへ研究所客員研究員(1989-1991)をへて東工大へ。専門は原子核工学、特に原子力安全、核不拡散、核セキュリティなど。最近の関心は、社会システムとしての原子力が孕む問題群への取り組み、原子力・放射線の初等中等教育。近著は、「誰も語らなかった福島原発の真実」(2012年、WAC)、「原発とどう向き合うか:科学者たちの対話2011-14」(2014年、新潮新書)。