短期資金の洪水と長期資金の欠乏
どうも中国のことになると、特に日本は厳しい批判をすることで先に頭がいっぱいになり、自らが抱える矛盾を顧みることがおろそかになりがちです。そのひとつが、中国の経済的勢力図を大きく書き換えるであろうアジアインフラ投資銀行(AIIB)への批判です。
この銀行は本拠地を北京に置き、総裁は元中国官僚、重要事項への拒否権の付与など、中国色が強い国際金融機関(資本金1000億ドル、12兆円)で、1月に発足しました。日米は強い警戒感を持ち、誘われたのに参加していません。東南アジア、中央アジア、中東、日米の盟友である欧州を含め57か国が加盟しました。新銀行の政治的、戦略的な意図、中国中心の公正といえない運営体制など多くの懸念があり、日米は厳しい批判の目を向けています。
多くの指摘はあたっているものの、極めて重要な視点を忘れていませんか、と私はいいたいのです。不思議なことに、専門家もほとんどそれに触れません。日米欧が支える国際金融市場の巨大な不均衡のことです。この歪みがあるために、中国が主導するインフラ融資(鉄道、空港、港湾、電力など)に新興国が飛びつこうとしているのです。
短期資金と長期資金の橋渡しが必要
重要な視点とは、一言で表現すれば、日米欧では短期資金が超金融緩和で大量に供給されているのに、新興国では経済発展に欠かせない長期資金が不足しているのです。先進国での短期資金の洪水、新興国での長期資金の巨額の欠乏です。アジアのインフラ資金需要は年8000億ドル(90兆円台)だそうです。特にアジアの途上国が新銀行に関心を持つのはこのためでしょう。
先進国ではいかに巨額の資金が政策当局から供給されているか。日銀は脱デフレ、経済成長の後押しのため、毎年80兆円のペースで長期国債を買い増しし、残高はまもなく300兆円に達するでしょう。その分が金融機関に資金供給されているのです。日本一国だけで、アジアのインフラ資金1年分もの資金が毎年、市中に放出されているのです。
米国はどうでしょうか。これまた超金融緩和のために、連邦準備制度理事会(FRB、中央銀行)は4.5兆ドル(500兆円台)の長期国債を買い、市中に資金が供給されています。欧州でもデフレ脱却、経済下支えのために、金融緩和が行われています。
生きた使われ方がされない短期資金
これだけの資金供給がなされながら、日本などでは資金需要が弱いため、株、土地などの資産価格の押し上げ(年明け以降は株価急落)に回り、有効に生かされているとはいえない状態が続いています。資産を持つ人はさらに富み、社会的な格差が広がっているのです。なんのための超金融緩和なのでしょうか。
日米欧でゼロに等しい金利の資金が中央銀行経由で大量に供給され、民間金融機関が余剰資金を保有しています。その一方には、長期資金需要が旺盛な新興国に存在するのに、先進国からあまりカネがまわっていかないのです。そこを中国に狙われた形になっていますね。中国を批判する前に、こうしたマネー市場の巨大な歪みを是正できないのか、考えてほしいですね。
同じマネー市場といっても、短期資金と長期資金の性格は異なります。民間金融機関が新興国のインフラ整備に資金を貸すにしても、そのノウハウは不足しているし、カントリーリスクも大きいことでしょう。政府系金融機関や国際金融機関(世界銀行、アジア開発銀行、国際通貨基金など)がやるのが本来の仕事です。それがそうなっていないから中国の出る幕が開くのです。
財政赤字の国庫への長期貸付は熱心
主要国は財政危機が長期化し、これらの機関に対する資金供給を増やすことができなくなっています。その一方で、短期資金については中央銀行から大量に供給され、それが本来の生かし方をされていない現状は大きな矛盾といえましょう。日銀の長期国債の大量購入は、国に対する長期の貸付を意味します。それよりも新興国向けの長期融資が増えるようにすれば、輸出機会も広がり、停滞する経済の活性化に役立つはずなのにね。かなりおかしな姿ですね。
短期資金と長期資金の偏在を、欧米が主導しているマネー市場は橋渡しできないでいるのです。目先の利ざやを稼ぐことを最大の行動原理とする短期資金です。新興国向けに回っても、逃げ足が速く、逃げられた新興国は窮地に陥るのです。もっと地に足がついた長期資金に回すことを考えるべきで、そうすれば中国にぶつぶつ文句をつける必要もなくなるのです。
中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社の社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。