どうも新田です。アゴラでも転載している松田公太さんの近著「愚か者」を読了。松田さんといえば、「日本にタリーズコーヒーを持ってきた人」というイメージが強く、よく知らない人は、起業家として順風満帆だった印象もあるでしょう。私も1年前に取材で面識を得るまでは、そう思っていました。
タリーズコーヒージャパンの創業記「すべては一杯のコーヒーから」はベストセラーになりましたが、本書はその続編。一大コーヒーチェーンを育てた上場起業家がのちに政界へと華麗に転身したお話かと思いきや意外や意外。その肩書きからは全く想像し得ないような、七転八倒の連続。
お金の絡む世界には、永田町に潜んでいる魑魅魍魎に勝るとも劣らない悪い奴らがいるもの。タリーズの上場廃止後、敵対買収を仕掛けられ、その窮地を伊藤園の協力で乗り切ったものの経営を離れざるを得ないことに。その後、拠点をシンガポールに移し、複数の飲食業プロジェクトを同時展開するようになってからも契約トラブルやリーマンショックなどの試練に次々と直面。政界転身後も、所属していたみんなの党が内紛で求心力を失くし、やがて解党する憂き目にあいます。本書では、生々しいエピソードも交えて振り返ります。
数々の修羅場に向き合う著者が重んじているのは、アウトサイダーとして直言していくこと。外食産業で新しい市場を切り開いてきた著書は当選まもなくの折、首相官邸に菅総理に政権運営の本音を聞き出そうと白昼堂々直撃して「密使」と勘違いされる常識破りの行動を展開。安保法案の折も、ほかの野党のように空理空論の反対をして法案通過を許す“完封負け”ではなく、歯止めをかける修正協議で「1点でも2点でも取りに行った」結果(本書より)、左右両勢力から非難されたりします。タイトルの「愚か者」とはまさにその時、著者に浴びせられた罵声の一つ。ただ、「愚直に生きてこそ、人生に価値が生まれるし、社会を動かすことが可能になる」と信じている著者は、それもまた勲章にしているかのようです。
本書を読んで改めて痛感するのは、「永田町」という名の暖簾の厄介さ。民間でずば抜けた実績を持つ人材がその辣腕で押しても、魔の暖簾は時に包み込んでは交わし、やがて無力化しようとします。暖簾の裏にはブラックホールが広がっているよう。歴史を紐解けば、右派のカリスマ作家だった石原慎太郎氏も総理になれず、本領を発揮したのは都知事転身後。松田氏と同じく一代で全国的飲食店チェーンを起業・上場させた渡邉美樹氏も議員としては存在感に欠けている状態。橋下徹氏も最初に政界進出したのが大阪府知事ではなく、国会議員だったら、数年で「政界のキーマン」と持ち上げられることはあり得なかったはず。
このあたり、議院内閣制というシステムと、強烈なリーダーシップを持つ人材との相性が悪いこともありましょうが、年功と因習にまみれた永田町の辞書には、そうした人材に対するリスペクトの文字はなく、むしろ厄介払いすらしようとしている感じすらあるようです。米大統領選で名前の上がるトランプ氏やブルームバーグ氏のように経営者出身の政治家が力を発揮できないあたり、自民党を消去法的に選んでいる意識高い系な都市型有権者にはもどかしいところでしょうか。
「革命は常に辺境から始まる」というのは毛沢東の名言ですが、イノベーションも同様にマイノリティーから提起されるもの。著者のように「愚か者」と揶揄されながらも民間の世界で時に獣も通ったことのない道を切り拓いてきた人材が、政治の世界でも“開拓力”を発揮しやすくなるかどうか、後押しするのは「永田町の外の常識」を持った私たち有権者の思いしかないのかもしれません。ではでは。
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新田 哲史
アゴラ編集長/ソーシャルアナリスト
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