ダボス会議で学ぶ「パフォーマンスの最大化」 --- 南 壮一郎


ダボス会議では、世界が抱える諸課題について、政財界のトップたちが議論するパネルディスカッションを聞く機会が豊富に用意されている。ビジネス領域だとAI(人工知能)やサイバーセキュリティなどが、地球や世界規模の領域だと難民や気候問題などが、それぞれ専門家たちによって語られる。普段の生活ではニュース等で表層的にしか触れない議題のため、次から次へと入り込んでくる濃厚な情報によって、脳がマッサージされるような感覚だ。

F1の世界王者を指導していた医師のセミナー


4日間のスケジュールは、ダボス会議の専用アプリにて、250を超えるセミナーから自ら興味があるものを事前に選んで決めていくわけだが、その過程において、あるセミナーが目に留まった。

「Reaching Peak Performance」

このセミナーは話を聞くだけではなく、自らが参加して学ぶワークショップ形式で、30分から60分程度のセミナーが多いなか、2時間半という長さである。

講師は、数々の名スポーツ選手を陰で支えてきたフィンランド人のアキ・ヒンツァ医師。彼がスポーツ界で脚光を浴びるようになったのは、F1レーサーのパフォーマンス管理をするようになってからだ。

「勝負はレース当日ではなく、数年前の準備の積み重ねから始まっている」

ヒンツァ医師は、ワークショップの開始時にそう言った。

ワークショップのお手伝いをするのは、彼のクライアントであるF1の元世界チャンピオンの2人。ミカ・ハッキネン氏、そしてセバスチャン・ベッテル氏だ。2人合わせて6度も世界チャンピオンを獲得している。日本にいるモータースポーツ好きの同僚と交代してあげたいと思ったくらいの豪華メンバーである。

世界一になるために何をどう準備するべきか?


F1は、ほかのスポーツに比べてかなり身体に負担が掛かるが、それ以上に、精神への負担が大きいスポーツであるとのこと。

レース当日に成果を最大化するには、どう準備をすべきなのか……。

成績が伸び悩むなか、世界チャンピオンになりたい一心でハッキネン氏が自ら連絡したのが、当時、フィンランドのオリンピックチームで主治医を務めていたヒンツァ医師だった。タッグを組んだ二人は、レース時にパフォーマンスのピーク(最大値)をもっていくため、さらに再現性のある手段を見出すために関係をスタートした。

トレーニングの主軸を量から質に変更。トレーニングの細部にこそ神は宿るという考えのもと、「このトレーニングは、どこを鍛えるためにやっているのか?」「このトレーニングは、レースのどの場面を想定してやっているのか?」といったことを意識しながら、身体、そして精神を鍛えていった。

「身体を一流に仕上げるのはトップアスリートとして当たり前であり、このレベルでの戦いで勝敗を決めるのは、日常生活における精神状態の管理だ。その最高の精神状態を維持するための再現性のあるメニューを創った」

ハッキネン氏が語る横で、ベッテル氏が付け加える。

「以前は、勝つか負けるかばかりを考えてトレーニングしていたが、それは正しくなかった。準備も含めて、人生をより豊かに生きるためにはどうすればいいのか、という発想に軸を移していった」

身体的なトレーニングに加え、自身の生体構造や栄養学の理解、オフの時間の過ごし方による精神状態の管理を徹底的に行うそうだが、何よりも重視するのが睡眠の徹底管理だという。日常生活において規律と穏やかさをバランスさせることにより、精神の中枢(コア)をレースの負荷に耐えうる状態へともっていくことが、ヒンツァ医師のプログラムの最大の狙いらしい。

「幸せであること。それが勝つための最大の要素である」

ビジネスマンもパフォーマンス管理が重要


F1レーサーもトップ・ビジネスマンも、パフォーマンス管理という観点では似ているため、スポーツ選手だけでなく、政財界のクライアントも増えているとヒンツァ医師は言う。一般的な社会人のキャリアはレーサーより遥かに長いので、自身のコアを持続的に管理することがさらに重要である。

ワークショップでは、僕自身の生活状況をマッピングされ、さまざまな観点で点数化されていった。実際に活用している時間の内訳、それぞれの時間の必要性、そして重要性……。

ベッテル氏が途中で立ち止まり、僕のシートを見ながら隣で聞いてきた。

「君は何を実現したいのか? 何を欲しているのか? 何が大事なのか?」

ワークショップは1時間ほど続き、最後は参加者の満足度を表すように、大きな拍手で締めくくられた。

最後に、このセミナー全体のモデレーションを務めた『ワーク・シフト』の著者であるリンダ・グラットン氏とも話す機会があった。僕たちが主催する「The Future of Work

という経営者・人事向けのカンファレンスを始めるきっかけにもなった方で、カンファレンスをスタートさせたことを話した。

現代の社会、特にビジネスは複雑で、極めて見通しが立てにくい。変動が多く、不確実性の連続である。この曖昧な状況だからこそ、働くことを、そして働けることを何よりも楽しむ。そんな未来を創り出すためにも、日々の生活を楽しんでいきたい。

Business is Entertainment!


南壮一郎
1999年、米・タフツ大学卒業後、モルガン・スタンレー証券株式会社に入社。2004年、新プロ野球球団設立に興味を持ち、楽天イーグルスの創業メンバーとなる。その後、株式会社ビズリーチを創業し、2009年4月、管理職・グローバル人材に特化した会員制転職サイト「ビズリーチ」をはじめ、20代向けレコメンド型転職サイト「キャリアトレック」や日本最大級の求人検索サイト「スタンバイ」などを運営する。創業7年目で従業員数561名(2016年1月)の組織へと成長させる。世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズ2014」に選出される。

<連載これまでの記事>
(1)マイナス11度の「ダボス」が世界一熱い場所に
   https://agora-web.jp/archives/1667257.html
(2)ダボス会議は社会人のワールドカップ
   https://agora-web.jp/archives/1667815.html
(3)「人生とは出会いである」を教えてくれたダボス会議
   https://agora-web.jp/archives/1667928.html


編集部より;この記事は、株式会社ビズリーチ運営の「みんなのスタンバイ」に掲載された南壮一郎社長のダボス会議体験レポートの連載、2016年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル記事をお読みになりたい方は、こちら へ。