メルケル首相とペルシャの訪問者 --- 長谷川 良

イランのロハニ大統領は欧州では目下、最も人気のあるゲストだ。大統領はイタリア、バチカン市国を訪問した後、フランスを訪問したばかりだ。行く先々で大きな商談がまとまる。財政危機で厳しい欧州経済にとってペルシャからの訪問者はまさに恵みの雨をもたらす助っ人というわけだ。

イランと米英仏独露中の6カ国との間で2003年から未解決であったイランの核問題が包括的解決で合意した。それを受け、イランへの制裁が解除されてきた。イランは国際社会に再び積極的に参加する一方、停滞してきた国民経済の回復のために欧米企業から先端技術関連商品、旅客機や完成品の購入ラッシュだ。

ところが、欧州連合(EU)の盟主ドイツのメルケル政権は目下、ロハニ大統領を招待する意向はないという。独週刊誌「シュピーゲル」(1月30日号)によると、①イランはレバノン内のイスラム教テロ組織ヒズボラを支援し、②イスラエルの国家公認を拒否、③、昨年750人を処刑した。その数はサウジアラビアよりはるかに多い、等々を挙げ、「イラン指導者を早急に公式招待する考えはない」というのがメルケル連邦首相府の説明だ。

イランの核問題は解決へ動き出したが、テロ支援問題などは未解決だ。そのイランのロハニ大統領をベルリンに招くわけにはいかない。シュタインマイヤー外相がテヘラン指導者と未解決問題で先ず協議をすべきだ、というのがメルケル首相の考えのようだ。非常に理屈っぽい。

一方、ドイツ国内では、イラン大統領を早急に公式招待し、ドイツ企業との商談を加速すべきだ、遅れると他の国が商談を奪っていく、という焦りの声が大手企業から出ている。

メルケル政権の連立パートナー、社会民主党のガブリエル経済エネルギー相(副首相)は「ロハニ大統領を招待すべきだ」という立場だ。ガブリエル経済・エネルギー相は昨年7月、60社余りのドイツ企業代表を連れてテヘランに一番乗りし、ロハニ大統領と会談している。

ドイツはジーメンス社などテヘランとの商談経験の豊富な大手企業が多く、イランとのビジネスに積極的だ。人口7800万人のイラン市場はドイツ自動車メーカーにとっても魅力的な市場だ。グズグズ屁理屈を述べているとフランスの自動車メーカーに受注を奪われてしまう、といった焦りが独企業側に強い。メルケル首相への批判も与・野党から出てきた。

ところで、ドイツでは昨年、北アフリカ・中東諸国から100万人以上の難民が殺到し、メルケル政権の“難民歓迎政策”に対して国内で様々な軋轢が表面化してきた。難民収容所への放火、難民襲撃事件が今年に入って絶えない一方、昨年のシルベスター(大晦日)に、難民・移民による集団婦女暴行事件が発生したばかりだ。メルケル首相の難民政策が暗礁に乗り上げたのは誰の目にも明らかになってきた。

これまで順調に政権を担当し、ギリシャの金融危機でも政治手腕を発揮して乗り越えてきた。「世界で最も影響力のある女性」にも選出されたメルケル首相は政権担当10年間で初めて辞任要求を突きつけられている。政治家として61歳とまだ若いメルケル首相がどのような危機管理を見せて、この危機を乗り越えていくだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。